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体験記 〜摂食障害の果てに〜⑧

眠るのが怖い

 気付いたら、部屋にいて、ベッドの上でした。自分が昨夜、石の様に冷たくカチコチになったのを思い出しました。恐らく自分は死んで、死後硬直したのだろう、と考えました。心臓は止まっても、脳が生きていたから、生き返る事ができたのだ、と。
 その次の夜も、同じ暑さが襲ってきました。手足をめちゃくちゃに振り回しばたつかせ、「暑い!」と叫びました。ところが叫んでも暴れても、誰もきてくれません。私は苦しさのあまり、ベッドの上に四つ這いになりました。
(火事場の馬鹿力か。)
 と、思った瞬間、かくん、と肘が折れ、吐いた時の用心に置いていた洗面器に、胃液がぼたぼた落ちました。家の猫が死んだ時と全く同じでした。猫も、立ち上がれない状態に衰弱しきっていたのに、何度も立ち上がり、暴れて呻めき、吐きました。
(苦しかったなぁ。今、私も逝くから迎えにきてよ。)
 と、死んでいった猫に語りかけました。私の一番可愛がっていた猫の福ちゃんが、迎えにきてくれているかと思いました。でも、福ちゃんは見当たりませんでした。できるなら、今すぐ家族に知らせに行きたい、と願いました。
 うつ伏せから、仰向けに倒れ、うーん、と苦しさに呻き、腕を頭の方へ上げました。そこで意識が切れかかりました。その時、だっ、と人が部屋に雪崩れ込んできて、
「暴れているのは見えたけど。」
「血糖値が三五しかない! さっきまで六九はあったのに!」
 という声が聞こえました。目に強いライトを当てられ、
「下尾さん、分かりますか⁉︎ 下尾さん!」
 と、男の人の声がしました。ブドウ糖を注射され、一気に意識が戻ってきました。
(ああ、また生き返ってしまう。このまま死なせてくれた方がいいのに。そうしたら、もうこんな苦しいこと繰り返さないで済むのに。)
 自分が無くなる。記憶も体も全て無くなってしまう。ーーそれは、信じがたい事でした。頭ではわかっていても、それが自分自身に迫って来ると、底なしの不安と孤独に襲われました。
 その日から、眠るのが怖くなりました。眠ると、また死ぬ気がするからです。一人きりにされると不安で怖くてたまらなくなりました。夜がくると、一睡もせず、天井を眺めていました。看護師さんが二時間おきに見回りに来るのを心待ちにしました。廊下から足音が近づいてくると、
(早く来て、早く来て!)
と、思いました。看護師さんはナースコールを押しても、すぐにはやってきてはくれないのです。防護服と防護マスク、帽子にゴーグル、手袋を装備しなければ、部屋に入ってこれないのです。ナースステーションからも離れていました。
 夜が明けてくると、ほっとしました。看護師さんが度々来てくれるからです。

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