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映画「アプローズ、アプローズ!」 喝采と承認と再生の物語

映画「アプローズ、アプローズ!」を観ました。
以下若干のネタバレありです。

映画 アプローズ、アプローズ!


刑務所で更生プログラムの一環として演劇を教えることになった俳優が、一癖も二癖もある個性的な囚人たちと共に、サミュエル・ベケット作「ゴドーを待ちながら」の外部公演を成功させた80年代のスウェーデンの実話を、フランスで映画化した作品。
分類するならヒューマンドラマになるのでしょうが、上記のあらすじから想像するような、単純な「演劇の力を通じた受刑者の再生の物語」ではありません。

「ゴドーを待ちながら」通称「ゴド待ち」は、不条理劇の傑作とされる難解な作品です。二人の男が「ゴドー」(GODすなわち神の暗喩という説も)なる正体不明の人物を延々と待ち続ける芝居で、分かるような分からないような、しばしば哲学的な台詞の応酬は、不条理劇の不条理劇たるゆえんというところでしょうか。
かくいう私も、テレビ放映された緒形拳と串田和美のバージョンにチャレンジしたものの途中で挫折し、ちゃんと観たことはありません。

この映画では、「ゴドー」を待ち続ける男たちの姿が、刑務所で、食事を、散策を、面会を、そして出所を待ち続ける囚人たちの日々と重なり、さらに指導を引き受けた落ち目の舞台俳優エチエンヌの、公私に渡る苦闘とも響きあって、外部公演の成功に結実します。
しかし、凡庸な「奇跡と感動の物語」では終わりません。初の外部公演が成功をおさめ、次々とオファーが来て国内巡演が行われる過程は、ギシギシとあちこちで不穏にきしみ、スクリーンの向こうもこちらも緊張感が途切れることなく、舞台は最終公演のパリの国立劇場オデオン座に。
新古典主義の堂々たる劇場の威容に、ここに憧れてきた舞台俳優であるエチエンヌは無論のこと、囚人キャスト達もテンションが上がっている様子。一同、気合を入れて最終公演に臨みます。ところが…!!
驚きの結末は、是非劇場でご覧ください。

1500円したパンフレットは、エッセーに批評、解説、インタビュー、豊富な写真と、中身が充実していて「お値段以上♪」。鑑賞後に読み終えて、この映画は単純なカタルシス効果をもたらしはしないけれど、「喝采と承認と再生の物語」なのだと思いました。
見知らぬ観客の、苦楽を共にした刑務所長他関係者の、そして大切な家族の喝采によって、他者・自己双方の承認を獲得し、希望を抱いて再生する。
犯罪被害者への贖罪や騒動の後始末のことを考えればハッピーエンドとは言いがたいものの、主演俳優カド・メラッド氏のインタビューでの言葉にもあったようにグッドエンディングです。ベケット自身が、当時、事の顛末を知って笑いだし「それは私が書いた戯曲の中で最高の出来事だ!」と言ったという、映画終幕で明かされるエピソードも効いています。

実在の刑務所を使った撮影(建物がスタイリッシュ)、西アフリカのブルキナファソやロシアなど多彩なルーツや背景を持つ囚人役キャストの起用、エンドクレジットに流れる曲の選曲etc、いろいろと「流石はおフランス」だったのも良かったな。

総じて面白い鑑賞体験でした。



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