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歌と随想 2

あの頃の塵ほの舞ひぬ窓の陽に 

   表紙の夕陽褪せゆく本の


いつもではないが、ふと読みたくなり書棚から取り出す本が幾冊かあります。
『生きいそぎの青春』(高沢晧司 講談社)もそのうちの一冊。
もう記入した事すら忘れてしまったのですが、
(S59.8 青山書店)のメモが本の最終ページに残っています。
ちょうど40年前の書籍(初版が同年4月)。
外苑前の職場に勤めていた頃購入したと思うのですが記憶がなんとなく曖昧。
ただ、書かれている内容に当時衝撃を受けたのを覚えています。
当時はまだ20代前半でしたが、その後30代、40代になっても思い出しては読み返していました。1960年代から1970年代前半までに若くして命を絶った者たちを綴る書で、裏表紙には、
高野悦子 奥平剛士 森恒夫 杉山登志 一ノ瀬泰三 といった名前が他界した年月と年齢、場所が墓誌のように記されています。

5月18日早朝、とても天気が良いので愛用のMTB で近所の川辺や丘をプチサイクリングしてみました。
山岳トレッキングを止めた今でも有酸素運動の欲求は収まらず、時間があって天気の良い日はペダルを漕ぐようにしています。
晴れわたる空の下ペダルを漕いでいると思い出す『詩』がありました。暗記しているわけではないのですが、その本の「奥平剛士」の章にある『空』を表現した『詩』。
この名前を聞くと眉をひそめる人は少なくないと思います。
1972年5月30日、イスラエル、テルアビブの空港で自動小銃乱射事件を起こし射殺された犯人。当時、敗北衰退の一途を辿っていた日本での全共闘運動から派生した過激派、連合赤軍の
一員となりパレスチナへ渡り、更にPLO の兵士となった人物。
この本では約50ページにわたり彼の短い一生を綴っているのですが、まだ意を決する前、葛藤に悩む彼の『詩』が日記と共に紹介されていて、宮沢賢治の詩が好きだったという彼の詩には多くの『空』が描かれています。
家に戻り数年ぶりに小さな書棚から取り出した本は少し埃をかぶり表紙の夕陽の写真も経年劣化し鈍く褪せていました。
『何のためらいもなく心残りもなく、青い空と蒼い山の中へ大声をあげてとけこんでいくのだ。いつの日か、いつの日か。』
あの世界を驚愕させた大事件を起こす5年前の彼の日記の一部です。
この日記を最後に彼の『詩』は残されてなく、『テルアビブ』に至るまで彼はどのような心の軌跡を辿ったのか? と今もこの本は答えの出せない疑問を投げかけていました。
彼があのような『凶行』を犯してから間もなく52年。そしてこの朝、彼の『詩』を思い出して埃をかぶった本を取り出したのでした。

今年の2月、「生きいそぎの青春」と何処かよく似たニュアンスの本を読みました。
林真理子氏の新作「平家物語」です。
平家滅亡の時代に生きた人びと9名をそれぞれ独立した章にわけ、短編小説または私小説のように仕上げた文章は斬新で感慨深いものがありました。
林氏も「生きいそぎの青春」の中に生きる者たちのニュースを多感な時期に見聞きしたと思います。
“滅びゆくもの皆美しく..『平家物語』には日本の美のすべてが凝縮している”
と語る林氏、本の表紙もまた檀ノ浦に沈む夕陽の写真となっています。
この本もまた、数年に一度思い出しては埃を払いつつ取り出す書物となるのでしょうか、。


いざさらば涙くらべんほととぎす
     我も憂き世にねをのぞみなく
            (建礼門院)


神田川流れて流れていまはもう
     カルチェラタンを恋うこともなき
            (道浦母都子)


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