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『夢の中で会いましょう』第二話︰追従ーー金田未来の言葉

 あ、アタシ、そーいえばはじめっからこのグループで浮いてたわ。
 アタシの横を知らない女たちと一緒に通り過ぎていく花胡かこ凛々愛りりあには、いつも通りの笑顔がくっついていた。その顔を見てアタシは、彼女たちと共に過ごしていたのは単なる偶然で、別に必然性はなかったのだということに気付かされた。
 絶対に二軍以下になんてなりたくない。やっとの想いで花胡と凛々愛と仲良くなったのに。新しいクラスの一軍に入る? いや、それは無理だ。上手く溶け込めない。じゃあぼっちになる? ヤだ、寂しくて死ぬ。でも、二軍とか三軍に入るよりはマシかも知れない。あんな思いをすることだけは、二度と、ごめんだ。
 アタシは小学生の頃、好きな子と好きなようにつるんでいた。まあ、それが普通だけど。でも、もう怖くなっちゃったな。自販機でいちごオレを買った。ブラック以外のボタンをなにげに初めて押した。
「「おはよー! 未来!」」
「おはよー! 明日香あすか! 紡美つぐみ!」
 手を振りながらアタシたちは再会の感動に声をうわずらせる。まあ、昨日も会ったんだけどね。毎日アホみたいにアガって、騒いでってのが凄く楽しかった。
「昨日のテレビ見た? あの芸人マジきもくてウケたんだけど」
「あー、アタシも見たよ、それ。アイドルグループ作るヤツっしょ?」
「芸人もアイドル目指してる人たちも下心丸出しなの超笑えるよね」
 休み時間になるたびに明日香の席に集まって駄弁るのが凄く楽しくて、特別な時間だった。ときどき紡美と口ゲンカして、明日香に毎回とめて貰って。困ってるの見たくてワザとケンカしたこともあったな。明日香は優しいからウチらがふざけてるって分かってても付き合ってくれたし、優しいから――
「ねぇ、もうさ、集まるのやめよ?」
 それは、何度も明日香に言われてきた言葉だった。だからアタシたちもいつもの調子で、
「ヤだね、あんな奴らの言いなりになんてなっちゃダメだよ」
「そーだよ。外からなに言われたってアタシたちが付いてるから」
って言って、そのまま話そうって思ってた。でも、明日香はいつもと違ったんだ。
「ごめん。本当にもう、集まりたくないんだ。私だって、紡美と未来のこと大好きだけどさ……毎日話したいって、思ってるけどさ……私、二人みたいに強くないから、こういうの、どうしたらいいか分からなくて……。だから、さ、もう、集まるのやめよ?」
 そう訴える彼女の顔を見て、アタシと紡美は黙り込んでしまったんだ。あまりにも、辛そうだから。ウチらの空元気からげんきではごまかせないくらい、明日香が苦しんで、悩んでるのが分かっちゃったから。
 そのときはウチらに悪口言ってきたグループに抗議しに行くだとか、先生に言いつけるだとか、そういうことしか思いつかなかったけど。今思うと、話を聞いてあげるっていう、一番大事なコトしてなかったなって後悔する。
 駐輪場の柱にもたれて、紙パックの底で抵抗するいちごオレを吸いながら眉をひそめた。
 今もこんなに落ち込んでるから、当時のウチらはそれはそれはショックで、紡美は友達作るのが恐くなって独りで過ごすようになったし、反対にアタシはウチらのこと傷付けた一軍の女たちに媚び売るようになった。傷付けられるのが恐くて、それなら傷つける側に居た方がマシだって思っちゃったんだ。明日香は半年くらい不登校になった。
「わー、きっつ。あー、しんど」
 空になった紙パックを畳まずに握りつぶして、自販機横のゴミ箱に投げ入れる。自転車にまたがって、まるで補修終わりのときのような気持ちで午前中の青空の下を全速力で通り抜けた。吹きすさぶ向かい風が心地よかった。

「こんばんは。【まどろみの宮】にようこそお越しくださいました。本日もよろしくお願いしますね」
 あーちゃんを撫でてても落ち着かなくて、モヤついた気分のまま布団にくるまっていたアタシは、いつの間にか例の庭みたいなトコへと連れて来られていた。
 ひと通り、昨日知りあったばかりの十人を見まわす。
(このメンツだと二、三人のグループができては消えていくって感じで、どこに入ろうか迷うんだよな。どこに居るのが一番安全なんだろ)
 ぼーっと眺めていると、この前吐いた子がまた吐いてた。何柚葉だっけ? まあ、苗字呼び滅多にせんし、いいか。
 あ、またあの女の人が背中さすって怒られてるよ。え、再放送? 違うか、今日はまだあのツンツン男がツンツンしてないもんな。あー、紅太朗って人また転んでる。また蒼が助け起こしてる。半分くらいロボットなの? 雨宮天は救急箱持ってきたから人間だな。
「……さて、本日は何をして過ごしましょうか。みなさん姿勢崩してよろしいですよ」
 ひと通り騒ぎが過ぎると、誠は両手を胸の前で合わせて話し出した。アタシは言われた通り、芝生の上に寝転んだ。そこまで姿勢崩す奴がいるとは思わなかっただろうな。
「特に決めてねぇなら帰りたいんだが」
「えー駄目ですよ。毎日会うことに意味があるんです」
 ツンツン男の突っかかりに、誠は呑気な声で反発する。
「では、この空間の散策をしてみましょうか。実はこの箱庭は更に二つの箱庭に繋がっていまして……片方が運動場で、もう片方が森です」
「宇宙みたいな広がり方してるんだこの部屋……」
 誠が説明する横で、経時がボソッとつぶやく。宇宙みたいな広がり方ってなに?
「森の部屋に金銀財宝を隠しましたので、みなさんは二人組でそれを見つけてください。そして、一番多く集めたグループが……凄いです!」
 あ、なんもくれないんだ。金銀財宝隠したのに。
「そ、その二人一組って、どうやって決めるんですか?」
 柚葉が震える手を申し訳なさそうに挙げながら質問する。
「あみだくじです」
「「「「「「「「「「えっ」」」」」」」」」」
 アタシを含めた十名は、誠の発言にそれぞれの感情をのせ、同じ言葉を放った。異口同音ってこういうことか。
「あみだくじです」
「えっ」
 今度は一郎だけが反応する。こういうのは一回だから面白いんだよ空気読め。
「一方の端にみなさんのお名前、もう一方に五種類の記号を二つずつ書いていきますね」
 誠はそう言うと、箱庭の小屋のガラスに躊躇なくホワイトボードマーカーであみだくじを書き始めた。
「そこに書くのかよ。書いたあと残らねぇだろうな」
「心配ありがとうございます。でもまあ、残っても大丈夫ですよ」
「お前は大丈夫かも知んねぇけど、俺は嫌だから言ってんだよ」
「なるほどです」
 正直アタシもガラスに書くのはなんか悪いことしてるみたいでヤだった。
「よし! 書き終わりましたので、今回の二人組を確認していきましょうか」
 「まずは天さんから見ていきましょう」と、線をたどる誠の後ろからアタシはアタシとペアになる人をたどった。
(アタシは……星マークだから、もう一つの星マークから上がって見れば早いよね。えーっと……)
「げっ」 
 最終的にアタシの指が示したのは永田響だった。ツンツン男の方を向くと目が合った。
「邪魔すんじゃねぇぞ」
「は? しねーし」
 なんで第一声がこれなの? もうちょっとさ、優しい言い方できないのかな?
「いい感じに収まりましたね。流石あみだくじです」
 誠は嬉しそうにしてるけど、目腐ってる?
「それでは行ってらっしゃいませ」
 木製の重厚な扉を開くと、彼女は手を振って見送りだした。
「いい? 折角戦うからには本気出すわよ。置いて行かれても文句言わないでよね」
「ふふふ、実は私、こう見えてバレーボール部でセッターを任されていますの。置いて行くか悩むより、置いて行かれないか心配してくださいね」
 まずは茜と蒼の二人組が歩いて行った。発言と高身長のおかげで強キャラ感がえぐい。
「よし、行こうか。手繋ぐ?」
「え、なんで」
「なんでって……お前、よく転んでんじゃん」
「あー。確かに、じゃ繋いでいきましょ」
 一郎が差し出した手に、紅太朗が応じた。マジか、DKも手繋ぐんだな。
「おい、何ぼさっとしてんだよ。行くぞ」
 歩いていく人たちを呆然と見つめていたアタシの肩をツンツン男が叩く。
「痛っ、急に触んな」
「急じゃねーよ、何回も話し掛けたのに反応ねーから肩叩いたんだよ」
 だとしてもあの勢いで叩いてくるってないわ。先に歩き出すツンツン男に抗議の視線を送る。コイツは振り返ると、溜息をついて戻って来た。
「なんか文句でもあんだったら歩きながら聞いてやっからよ。とりあえず行こうぜ」
 手を差し出される。
「アンタなんかに聞いて貰ったって意味ない」
 差し出された手を叩き落とす。
「あー、なんでこんなに強情かな」
 叩かれた方の手で頭を掻きまわしながら、ツンツン男は嘆いた。
「後でなんとなく付いてくから、先行っててよ」
「それが放っておいて欲しい女の表情カオかよ」
「はぁ!?」
「だから、俺にはお前が『助けて欲しい』って言ってるように見えるんだけど。違うの?」
「ふざけんじゃないわよ。アンタなんかに聞いて貰ってカイケツする話じゃないって言ってるでしょ!!」
 口では憎まれ口を叩きながらも、奥からじわじわと込みあげてくるものを止めることはできなかった。どうしよう、どうしよう。こんなこと、泣くようなことじゃないって分かってるのに。
 ぶっきらぼうにアタシの背を撫でる手の温かさに負けてとめどなくながれる涙は、アタシの心の汚いところを少しずつ洗い流していった。
 その後、響は驚くくらいアタシの話を真剣に聞いてくれた。宝探しなんて一秒もできなかったけれど、最後まで真剣に聞いてくれた。
 他の人たちが戻ってきた。
 一郎と紅太朗は転んだらしく、二人とも膝と手のひらから流血していた。柚葉は良く分からないけれど、みのるのことを『魔法使い』と呼ぶようになっていた。一番宝物を集めたのはやはり茜と蒼の組だった。天と経時に関しては、特に言うことがない。
「みなさん有意義な時間になったようで何よりです。それでは、また明日【まどろみの宮】にてお会いしましょう」
 そう言って誠が頭を下げたのを合図にするように強い風が砂埃を舞い上げる。アタシはたまらず目をつむった。

 目を覚ましたアタシの寝覚めは意外と良かった。あーちゃんが昨日撫ですぎちゃったせいでおへそ曲げてるけど、それ以外は普段以上にすっきりしている。
「あーちゃん昨日はごめんって」
 不満気なあーちゃんにおやつをあげながら、さっき見た夢で聞いた言葉を思い出す。
『俺はどんな奴とつるんだって良いと思うけどよ、どうせ長い間付き合うんだったら損得勘定とか浮かばないほど好きな奴と一緒にいる方が楽しくね? 友達ってそういうもんだと思うけどな』
 ああ、そうだった。アタシにとっての友達もそんな存在だった。
 今度仲間が意地悪されたら、意地悪した奴に地獄見せてやれば良いだけだ。もう、守れる。理不尽に傷つけられない。
「明日香、紡美。ごめんね、ありがとう」
 中身のなくなったおやつをなめ続けるあーちゃんに笑いかけてアタシは立ち上がる。家族に行ってきますと告げて自転車にまたがる。
「よしっ、花胡と凛々愛が羨ましがるくらいの友達作っちゃうもんね~」
 風は相変わらず向かい風だったけれど、重みのあるペダルに力を込めて、アタシは今日も学校へ向かった。

緋衣誠からひとこと
 題名の「追従」。貴方はなんと呼んだでしょうか。「ついじゅう」ですか? それとも「ついしょう」? 題名をどう取るかによって読み方の変わる作品にしたかったのですが……難しかったです。
 人間関係って難しいですが、悩んだときには本当に付き合いたい人なのかを考えるのも得策かも知れませんね。一度くらい変な言動をしても、本当に必要な人との縁はそう簡単には切れないので。
 まあ、「付いて行きたい人」は選んでも平気だと思うけど「おべっか使わないと駄目な人」ってどうなの? ということでした。
 更新時間が遅れてしまいましたが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。

タイトルのイラストは、一話同様染井吉野さんに描いていただきました。ありがとうございます。

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