【小説】風の中を #1
俺は少し小走りに近づきながら、待っている2人に声をかけた。
「悪い、待たせたな」
俺の声に、岸田と斎藤が振り向く。約1年ぶりに見る懐かしい顔だ。
「おう! 俺らもさっき来たところ」
錆びて茶色い斑点ができた白いガードレールから体を浮かせて、岸田が調子よく答えた。綺麗に並んだ白い歯が、にかっと笑った口元から顔を出す。大学を卒業して5年ほど経つが、短髪と日に焼けた肌は今も健在だ。
「元気そうだな」
斎藤はまっすぐに俺のことを見つめて言った。自分のすべてを見透かされているようなこのまっすぐな眼差しが、昔は苦手だった。しかし、今は頼もしく感じられる。
「ああ、おかげ様で」
サラッと答えた俺を見て、斎藤は苦笑した。相変わらず素直じゃないな、とでも言うように。
「腹減ったー、さっさと行こうぜ」
岸田に促されて、俺たち3人は店に向かって歩き出した。
*
「すみません、とりあえずビール2つ。お前は…ウーロン茶だよな?」
斎藤の問いかけに俺はうなずいた。薬を飲んでいる間はアルコールを控えるように、と医者から言われているのだ。
「ウーロン茶1つで。あとは枝豆、トマト、だし巻き卵と、串の盛り合わせをください」
「相変わらず仕事が早いねえ、元主将は」
岸田がにかっと笑う。店員さんに軽くお礼を済ませた斎藤は、岸田の方に向き直った。
「お前も相変わらずヨット、続けているみたいじゃないか」
「おう! 暑さが落ち着くからいいよ、この時期は。やっぱりヨットは秋だな」
俺たちは体育会ヨット部の同期だ。もっともインカレなので、俺と2人の大学は違う。俺の通う大学の部活に、彼らが入ってきた形だ。
小学校に上がる前から人付き合い、特に友達付き合いが苦手だったので、学校で友達ができることなんてほとんどなかった。
しかし、友達が少なくても学校生活に支障はないということを知っていた俺は、積極的に友達を作ることもしなかった。たまに俺に話しかけてくる物好きがいたが、うわべだけ仲良くしているふりをして、薄っぺらい友情を築いてきた。
卒業してしまえば友達は基本的に不要。だから俺は、卒業のタイミングで友達の連絡先を削除してきた。今までこういう風に生きてきたが、あまり困ったことはない。人間関係はこんなもの、ということなのだろう。
彼らの連絡先を社会人になった今でも残している理由は、世間一般でいう難関大学出身の彼らとつながっていることが、将来何かのタイミングで役に立ちそうだと思ったからだった。
ちなみに、彼らとは学生時代からそこまで仲が良かったわけではない。なぜか彼らの方が俺と気が合うと思っているようで、何かと飯やら遊びやらに誘ってくるのだ。そんな関係がずるずると続き、社会人になってからも半年に1回程度は会っているのだ。
「で、どうなんだ。調子の方は。顔色はよくなっているように見えるけれど」
斎藤が俺に尋ねる。
「"うつ” は大変だって聞くからなあ。それでも会ってくれて嬉しいよ」
岸田がニコニコしながら続けた。
「日によるけれど、一日中動けないってことは少なくなったかな。でも外出は週に1、2回できればいい方で。今日が調子のいい日でよかった」
俺が話し終わるタイミングで、飲み物が運ばれてきた。
「乾杯、しますか」
俺はストローのささったグラスを手に取って、前に差し出した。岸田と斎藤は笑みを浮かべてジョッキを差し出す。
「カンパーイ!」
カラン、という音とともに、グラスとビールジョッキがぶつかる鈍い衝撃を感じた。
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