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恋と革命のファム・ファタール 第一章 仮想の天使と破滅の魔女part1


国立天秤ヶ丘学園。

私、日向坂まぐれの『日向坂家』が統括する日向坂タウンの郊外に位置する、敷地面積三十万㎡……古い例えだと東京ドーム約六個分の広大な土地を占める、約三百年もの古い歴史と日本全国に圧倒的な知名度を誇っている学校だ。

この学園の最たる特徴は、『全国から選りすぐりの〝問題児〟達が集められている』という所。

実は二十年前の教育改革によって『子どもの教育に関する法律』が大きく改正されるまでは、ごく普通の私立学園だった。

しかし、この法改正の施行後、突如、国は日向坂家に天秤ヶ丘の運営権を譲るように迫ってきた。

日向坂家はあらゆるビジネスにおいても融通を利かせて貰っている程、国の政府・役人とは〝蜜月の仲〟……。
当然、この提案を日向坂家は承諾し、快く土地&設備を譲り渡したのである。

……そして現在、親や学校すらも手に負えなくなった〝超問題児〟達はこの天秤ヶ丘学園に通い、世間から隔離された生活を送っているのだ。

この学園の生徒である私自身も、本来ならば敷地内にある校舎隣接の学生寮に入らなければならないのだが、特別な家柄のおかげもあって、問題児だらけの『トンデモ寮』への入居を辛うじて免除されているのだった。


そういえば、私がこの学校に編入してきてから、今日で一ヶ月か……。

この学園で生活していると、一日一日がとても長く感じるんだよなぁ。


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ガヤガヤ……。


1-A教室前。

この教室のドアを前にすると、いつも変な緊張感を抱いてしまう。教室の中から漏れてくるクラスメートたちの話し声──────。

……否、『騒音』が耳を障って気分がズシンと底まで落ちていくのを感じつつも。
心を決めて、昨日までのように思い切って教室の扉を開けた。


シーン……と、一瞬にして教室が一瞬凍てつくのを感じつつ、それらを一切気にせず振る舞いながら、教室の後ろを進んでいく。

数秒後には、何事もなかったかのように再び騒がしい会話が始まっていた。

教室内の会話の内容自体は極めて普通で、話しているクラスメートたちも───多少奇抜な見た目をしている生徒もちらほらいるが───普通の学校となんら変わりはない。

ただ、私は〝たった一人の友人〟を除き、彼らにはあまり関わらないように学園生活を送っている。
編入前に父から『絶対にトラブルには巻き込まれるな』と釘を刺すように何度も言われたのである。

なぜなら、このクラスにいるほぼ全員が過去に〝何かしらのとんでもない事件〟を引き起こしている『要注意人物』なのだから……。

特に危ないのは、以下の四人。

中学時代に地元の商店街で暴れ回り、傷害罪と暴行罪を犯し少年院に入り、高校入学直前に出所した〝鎌倉の大悪童〟『虎西大河(とらにしたいが)』。

かつて音楽バンドでギターボーカルを担当していたが、数ヶ月前に所属バンドが麻薬事件に巻き込まれて解散し、前の高校を除籍処分された『星野響歌(ほしのきょうか)』。

幼い頃から異常な加虐欲求を抱き、数年前に当時交際していた幼なじみの男子に度重なる過度の暴行を加えたのちに、精神病棟に入院した過去を持つ『八武崎(やぶざき)カエデ』。

小学生時代から複数回に渡る援助交際を繰り返し、何十人もの男の人生を狂わせてきた『真森(さなもり)つみき』。


……いずれも詳しい背景は知らないものの、全国から集められた超問題児だらけの天秤ヶ丘学園においてなお〝頭一つ抜けた問題児〟であるこの四人のことを、学園中の人間が避けているのだ。

この学校に入学して以来、特に学園内で大きな事件は起きていないが、時々喧嘩やいじめのような場面も見かけるし、なにかと〝黒い噂話〟が絶えない環境であることは間違いない。

今はちょうど、五月の初め。
徐々に仲良しグループが固まっていき、やっとクラス内の人間関係や空気感が完成してきた時期である。


……もし『何かしらの事件』が起きるとしたら、そろそろ頃合いだろう。

始業時間ギリギリで席に着くと、いつものように後ろの席の女生徒が話しかけてきた。

「まぐれちゃんおはよ~っ」
「うん、おはよ」
「今日もギリギリだねぇ♪まぐれちゃんも寮に住めばいいのに。毎朝わたしが起こしに行ったげるよ?……ベッドで眠る愛しのまぐれ姫に、熱い愛のキッスを……♡」

ふんわりとした栗色の長髪、地味な色合いの制服を包む淡いピンク色のカーディガン、おっとりした容姿を裏切らない柔らかな雰囲気の甘ったるい声。

彼女の名前は『綿貫渚(わたぬきなぎさ)』。この学園に編入して以来の私の唯一の親友だ。
基本的にクラスメートと会話をしない私だが、彼女とだけは常に行動を共にしている。

「ナギだって、ねぼすけのくせに……。それに、私は寝坊してこんな時間に来てるわけじゃないからね?」
「ふ~ん……じゃあ今度泊まりに行っちゃおっかな♡朝までまぐれちゃんが何してるのか確認しに♪」
「うーん、別にいいけど……?〝外出許可〟が下りるならね」
「も~っ!またそうやってイジワル言ってぇ!……簡単に下りないの知ってるくせに。ちょっとくらい『ヒミツ』教えてくれてもいいじゃんっ……!」
「こら、すねないの。お昼にドーナツ奢ってあげるから、ね?」
「むぅ~……エンゼルフレンチ、今日は二つじゃなきゃ、やだ……っ!」

ふてくされていてもどこか緩い雰囲気の、彼女の柔らかい頭を軽く撫でてから、再び机の前に向き直った。

〝天下の日向坂〟の一人娘の私に話しかけてくる人間は、学園ではほとんどいない。
無論、私自身も誰かと馴れ合う気がないのだから都合良しと考えていたのだが、彼女、綿貫渚だけはそんな事情はお構いなしに、ゆるりふわりな普段の調子で話しかけてきたのだった。

昔から『何を考えてるか分からない』『話しかけづらい空気を作っている』と言われてきただけに、彼女の存在は私にとっても〝異質〟だった。

この学園で友達ができるなんて、編入前には想像もしていなかった。
登校時の憂鬱な気分がナギとのいつもの会話で和らいだことで、とりあえず今日一日もなんとか無事に、平和に乗り切れそうな気がした。

……気がしていた。

始業チャイム直前、教室のどこかから、ふとこんな会話が耳に届く。

「そういえば今日だよな?転校生が来るの」
「あー……イギリスからの留学生だろ?やっぱイケメンのジェントルマンかねえ」
「たしか、〝男〟っつってたよな?どうせなら金髪巨乳の美少女がよかったわ~……。名前なんだっけ?……マジどうでも良すぎて忘れたわ、アッハッハッハ!!」

アハハハハ……。

(イギリスの留学生かぁ。でも、なんでこんな微妙な時期に来るんだろ……?昨日のHRの最後、先生が言ってたその人の名前が上手く思い出せない……。確か、最初の文字は『ル』─────)


キーンコーン、カーンコーン……。


始業のチャイムが鳴り、同時に担任の美作先生が『バンッ!』と、勢い良くドアを開けてズカズカと教室の中へと入ってきた。


「おい『ゴミ共』!さっさと席に着けッ!数秒以内に黙らねぇとぶっ殺すぞ!!」


(うるさいなぁ……。)


相変わらず口が悪くて、荒々しい口調だ。

……まあ、こんな学園でまともな先生がやっていけるはずはないのだし、ある意味〝正解〟ではあるのだが。

この先生を見ていると、改めて私が『ゴミの掃き溜め』と呼ばれるこの学園にいる実感が湧き出てくる……。


「昨日も言った通りだが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わる事になる。仲良くしろ。くれぐれもトラブルは起こしてくれるな、いいな?」

「「「は〜い……」」」


美作先生は、クラス全員の気だるい返事に顔を顰め、チッと舌打ちをする。

この一ヶ月で随分と教師からの扱いに慣れた生徒たちは、美作先生を睨みつけるだけで、特に反抗的な行動は起こさない。

何かと厳しいこの学校で教師と問題を起こせば、後々もっと面倒な事態になるのは予想できるから
だ。

「まあいい。お前ら『ゴミ』と違って、彼は優秀だ。本来はこんな学園にくるような人間じゃないが、〝本人の強い意向〟と〝理事長の推薦〟もあり、この学園に通う事になったらしい……。まあ、話してみた感じ、特に問題はなさそうだったが────」

(……?)

少し考え込む素振りを見せた後、気を取り直して先生は再び顔を上げ、ドアの方に向かって声をかけた。

「……とりあえず『ルイス』君、中に入ってきてくれ」

クラス全員の視線が前方の扉へと集中した。


────先生が開けたままだったその扉の入り口から、ブロンドの美しい美少年が軽やかな足取りで、私たちの前に現れる……。


その金髪の美少年は、教団の隣に立ち止まり、美しい青い瞳で教室を見渡した。

この瞬間、さっきまで教室内に一ミリも存在していなかった〝輝き〟や〝華やかさ〟が、彼から放たれて教室中を支配していたのだった。


「Hello,everyone!───イギリスから留学してきました、ルイス・K・グランチェスターです。今日、皆さんとお会いできる日を楽しみにしていました。日本に来たのは初めてですが、日本語は普通に話せます。趣味はチェスとフェンシングです。I'm looking forward to studying with you all!Thanks!」


『『『キャーッ!!!』』』

……流暢な英語と日本語の混ざった変なフレーズを終えた後、教室中の女子が湧き立った。

「ギャーギャー騒ぐな女子ッ!やかましいぞ!!」

隣のクラスまで響きそうなその黄色い歓声に、怒鳴り声で張り合って注意する先生。

しかし、少し経っても全然静まる気配が無い為、諦めて話を続ける。

「ハァ……。ルイス君は日本に来た事はないそうだが、日本語を含めあらゆる語学が堪能だ。その他の科目もピカイチで優秀だ。お前らも彼を見習って学業に励め。それと、ルイス君の席は────」

そんな先生の言葉を他所に、多くの女子はルイスに見惚れ……。一方の男子は、少し不貞腐れた顔で彼を見ていた。


その間、つまらなそうに窓の外を眺めていた私は、ふと転校生に目を向ける。

────すると、ルイスとバッチリ目が合ってしまい、その際『パチッ⭐︎』とウインクをされて私は思わず鳥肌が立ったのだった。

(うっ、気持ち悪い……。)



その日からルイスと私たちクラスメートたちの生活が始まった。


……結論から言うと、ルイスは先生から聞いていた前評判からの想像を超える超エリートっぷりを発揮し、勉強、スポーツ、雑談、色恋。
あらゆる方面で大活躍を果たし、その度にクラスの全員が彼の多才さに驚く日々。

最初は彼を遠ざけていた男子たちも次第に馴染み始め、問題児だらけのはずのクラスメートたちはルイスに付きっきりになり、毎日休み時間に一緒にゲームで遊んだり、一緒にランチを食べたりしたのだった。
彼の周りは、いつも騒がしかった。

そして見事な国際交流を実現させ、1-A含む学年全体が毎日明るく、健全な賑わいを見せていた……。



───ルイスの転校から一ヶ月が経った頃。


いつも朗らかだったクラスの雰囲気はすっかり元の平穏へと戻り……。










ルイスは〝学年一の嫌われ者〟になっていた。


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ルイス・K・グランチェスター
5月初めから英国から留学してきた転校生。
文武両道、才色兼備の金髪碧眼の美少年だが、転校一ヶ月にして『学年一の人気者』から『学年一の嫌われ者』にジョブチェンジする。
転校初日にまぐれにウインクして以来、この二人はここ一ヶ月で一切の関わりを持たなかった模様。
特に過去に問題児だったわけでもなく、海外でも極めて優秀なエリート少年だったようだが、なぜか天秤ヶ丘に転校してきた謎多き人物……。
彼の目的やいかに……?

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