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心底自分を嫌いになれた日

人生ではじめて演劇をみた。
狭い空間で、いくつもの場面と多くの言葉に入り浸った。

私はやっぱり、人が好きで言葉が好きなんだなと
感想を言い合いってつくづく思った。

私が注目するのはいつも
その人の心情や、その場面での言い回し、性格、思考。
少し自分に重ねて感傷に浸ったり、反省したり。
演劇の中に自分を登場させてみたり。
いつしか他人のことも自分ごとにしてしまっている。
そういうところから
おせっかいも人懐っこいも
生まれるんだと改めて思った。

自分の感情と周囲の環境・表現の違い
そんな些細な違いで
他人の受け取り方も社会の評価も変わって
「傷」を背負わせてしまうことがある

全てが善意ではないけど
もちろん全員に悪意があるわけでもないし

そんなすれ違いで2度と
取り戻せない時間と人ができてしまう

自分に立ち返った時、
情熱を押し付けていないか
支えるふりをして全てを奪っていないか
守るふりをして束縛していないか
正しいことを言ってるふりをして
自分を正当化して人を傷つけていないか

たくさんの反省があった

いいものにしたい。の気持ちが
誰かの犠牲の上にあってはならない。
そう理解はできても、
自分ができること・しようとしてることを
他人に押し付けて正当化していないだろうか。

逆に、周りに言われた言葉を
鵜呑みにして勝手に傷を負って
被害者ぶっていないだろうか。

どの視点で何を捉えて
何を選択して自分に落とし込む?
全てに疑問を持っても、全てに正解を求める必要はない。

もっと自分の中から生まれるものはないのか
自分を見つめてもいないくせに
探してるふりばっかりして迷子のふりばっかりしてる。

あの1時間の演劇で私は心底自分を嫌いになれた
そんな刺激がこんな狭い空間に溢れていた。





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