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ねこを愛す

突然だが、猫は偉大である。

私の最も愛す存在と言っても過言ではない猫。
好きな動物はと聞かれたら有袋目と答える私だが、愛する動物はと聞かれたら紛れもなく猫である。
これは私の中の好きと愛するの違いによるものだが、ここでは明言は控えようと思う。

そんな私が猫を愛するわけを
なぐりがき

正直に言えばなぜ猫が私にとってこんなにも愛でる存在になったのかは覚えていない。
現在2匹の猫が大切な家族であるが、迎え入れる前からも猫を愛していた。(この子たちは今年で10歳になりました)
さらに言えば物心つく前から猫が家族であったが、この子が好きで猫を愛するようになった訳でもない

考えてみるとどうやら私は生態や形態から彼らを愛しているようだ。
猫は気まぐれであるというように自由に生きている
私の飼っている猫でいえば好きな時に寝て、好きな時に動き、時には日向ぼっこをする。
私たち人間に構うことなく彼女たちが自由に生きている姿を見ることが出来るのは、動物を飼育するということに対しての罪悪感を薄めてくれる。

基本的にご飯が好きで、ずっと寝ていて、空に雪が舞い始めたら膝に乗ってくる。最高である。

私たち人間は社会にでると(学校に通っていてもそうであるが)、ある世界に身を置き制限された中でしか活動ができない。猫は対称の存在であるように思う
もちろん猫にだって悩みもあれば、ある程度の制限はあるのだが。

形態もそうである。
猫は液体とよく言われるが非常に柔軟性がありしなやかな動きをする。品種によって異なるが、切れ長な目、大きな耳、ふっくらしたマズル、ぴんとはったヒゲをもつ。
私が1番好む猫の姿勢は香箱座りである。リラックスしている時にすることが分かっているが、いつ見てもヘンテコな格好である。猫を愛する人は分かるはずだがたまに手の間に指を入れたりなどする。

猫は基本的に触られるのがあまり好きでは無い。気分じゃない時に触られると嫌な顔をするし、シャーと怒る。私はそれが可愛くて仕方ない。
しかし悲しいことがあればそっと近寄って座るし、気分がいいときはごろごろと喉を鳴らす。なんだよ、優しさも持ち合わせているのか

端的に言えば私たちは猫に振り回されているのだ。
友人など関わる人全てが非常に優しく振り回してくる人がいない私にとって(ありがたいことではある)唯一無二の存在なのだ。
幼い頃噛まれたり引っかかれたりした跡が私の体に残っている。私はこれすらも愛おしいのである。

これからももっと私を振り回して欲しいし、人間に干渉することなく自由気ままに生きて欲しい。
どんなに怒られても、そっぽ向かれても
私は猫が好きだ、愛している。


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