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かき氷(掌編小説)【シロクマ文芸部】約800字

「かき氷、食べるか?」

 梅雨が明けてぐっと暑さが増した。外に出るのも少し躊躇してしまうような日差しが毎日照りつけているそんな日の午後。私が家の中の用事を済ませていると、外から帰ってきた夫がそう声を掛けてきたのだった。

「かき氷?」
「ああ。食うか?」

 てっきり近所に借りている菜園に出かけたのかと思っていた。数年前からきゅうりやらプチトマト、なすび、レタスなどを栽培していて大いに助かっている。暑い中頑張るわねぇと感心していたら違ったらしい。夫はホームセンターの名称がプリントされた大きな袋を掲げて帰ってきたのだった。中には国民的なキャラクターをあしらった『かき氷器』が覗いている。

 それは? という顔をしてみる。もう何十年も連れ添っていれば大体の事情は察する事ができているのだけど。すると少し居心地が悪そうにしながら夫が答える。

「お盆には優奈が来るだろ、そのときにどうかと思ってな」

 ふふっ、そんなことだろうと思った。子どもはあまり好きじゃない人だと思っていたのだけど、孫の優奈が産まれてからは、人が変わったように孫煩悩ぶりを発揮している。

「じゃあ優奈が来たときのために練習しておきましょうか。――あ、でも氷は?」
「昨日大きめの器に水を張って作ってある」

 あら、準備のいいことで。菜園をするときも本を買ってきたりと、こういったことはとても良く気が回るんだから。

「そう言えば、昔あなたと二人でお祭りで食べましたね、かき氷。覚えてます?」

 台所のテーブルにかき氷器の箱を取り出す夫の背中に声を掛ける。

 結婚した当時かその少し前か。たぶん地元の盆踊りかなにかの夜店だったと思うけれど。私は浴衣を着ていて。白い紙の器に山のように盛られた真っ白な氷。黄色いシロップ。

 私も記憶は朧気だけど、そんな光景を思い受かべた。

「さぁ? そんなこともあったかな」

 そうぶっきらぼうに言った夫はちょうど袋からかき氷のシロップを取り出したところだった。

 背中を向けているのでどんな表情をしているのか見えないが、だいたい分かる。

 氷と書かれたシロップは、黄色いレモンシロップだった。

 了


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