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粒≪りゅう≫  第三話[全二十話]

第三話


「お母さんは、なんでお父さんと結婚したの?」

“!!!”あまりに唐突な、子供からの問いかけだった。
粒が驚いて、即答しないでいると

「お父さんの事、好きで結婚したの?」
と、更に投げかけてくる。

“おおう。これは、答えるのが非常に難しい質問だ。好きではないのに結婚したなどとは、言いにくい。正直言うと、好きになったことがない。しかも逆に、大嫌いだ。好きになるどころか、年を追うごとに大・大・大・・・嫌いになって、今じゃあもう表現のしようがないくらいに嫌いになっているよ。”
 
 本心を話すのはどうかと思うが、嘘はつきたくない。それに子供たちは、もうちゃんと、親の心を見抜いている。よおーく見ているのだ。
 10歳と5歳のふたりの子の顔をじっと見つめながら、粒は答えた。
「お父さんとお母さんはね、知り合いの人から紹介された[お見合い結婚]だったの。『好きー!愛してるー』ってラブラブな感じで結婚したのではないなぁ・・・」
「魁と、あん。ふたりに出逢うために結婚したんだよ、きっと。」

 ふたりの子供たちに出逢うため。きっとそうだ。粒は、心からそう思っていた。
 子供たちに、粒の言わんとすることが、伝わったのかどうかは定かではないが、ふたりはふうんと納得したような表情で
「お母さんは、お父さんじゃない人と結婚すればよかったのにね。なんか似合わないもん。僕、お父さんじゃないお父さんがよかったなぁ。お父さん怒ってばっかだし・・・」
「あんもー」
と、言った。

“・・・お父さんがお父さんでなかったら、あなた達はここにこうして存在していないのだよ”
と思い、粒は、子供にこんなことを言わせてしまっている自分を、不甲斐ない、情けない母親だなぁと思った。
 最悪なことを、子供に言わせている。子供は、両親の心が通い合っていないことを、愛し合っていないことを、よくわかっている。
 そして、そんな険悪な仲のふたりが、結婚という儀式を交わして、共に生活しているということが、不思議で異質なことなのだと思う年頃になったのだ。


 もう、繕っても無駄だ・・・
粒はこれまで、自分の、配偶者に対する感情は別として、子供たちにとってはかけがえのない父親なのだから、父子の関係が育まれるようにと様々な配慮をしてきたつもりだった。

 家族のために働いてくれているお父さん。お父さんのお陰で、美味しいご飯が食べられて、綺麗な洋服も着れるし、学校や幼稚園にも行くことが出来る。お風呂にも入れるし、あったかいお布団で眠れるし・・・エトセトラ・・・エトセトラ・・・とにかく、父親のお陰で何の不足もない生活を送ることが出来ているのだ、ということを力説した。

普段一生懸命お仕事を頑張っているから、お休みの日は静かにして、お父さんに休んでもらおうね。
お父さんはお仕事で疲れているんだから、大きな声で騒がないでおこうね。
お父さんが怒るのは、魁とあんのためを思って、いろいろ教えてくれようとしているんだよ。
あんなにおこりんぼうなのは、きっとお仕事で大変なことがあったからだよ。
ほら、魁とあんも、学校や幼稚園で色々あるでしょう!お父さんにもあるんだよーいろいろと。行きたくない時があっても、お仕事行かないとお給料がもらえなくなって、家族皆生活していけなくなってしまうから、お父さん本当に大変なんだよ。

 
 その都度、いろいろな角度から、子供達には話してきた。話はしてきたが、そもそも子供たちが目にするのは、日々ドタバタと慌ただしく動き回り、家の用事や、家族に関わるあれこれをこなしている粒の姿ばかりである。
 父親のお陰だと言っても、実際にお給料を手に、食料や衣類や日用品等を調達してくるのは、粒だ。
子供たちが出掛ける先々に、その都度付き添い、又、必要な物をそろえるのも粒だ。
病院に連れて行くのも、回復するまで看病するのも、子供がらみのトラブルを解消すべく奔走するのも、何から何まで粒なのだ。
 
 父親に対して、といえば、仕方のないことではあるが、父親が、一生懸命仕事をしている姿を見る機会もなく、主に目にするのは機嫌悪く、場の雰囲気をぶち壊す事の多い、家での姿なのだ。
 それに、更にいうと、そもそも、粒自身が配偶者に対して愛情をもてないでいるのに、子供たちに何を言おうが伝わるわけはないのだった。

 でも、と粒は思う。自分と配偶者との関係とは違い、子供たちと配偶者は親子なのだ。間違いなく血の繋がった親子なのだ。だから、開き直っていうと、自分は仕方ないにしても、子供が配偶者になつかないのは異様な事ではないのか。
 これは、自分の責任ではないのでは?配偶者自身に責任があるのではないか。自分で子供に距離を置かれるようなことばかりしているのだ、仕方がない。

「なんだ、お父さんばかり除け者にして」
などと言われても、知らんがな。だ。

 粒はもう辞めることにした。もう、繕うのはよそうと決めた。意味のない言葉を、無理やり紡ぎ出したところで、伝わらないものは伝わらないし、変わらないものは変わらないのだ。

 自身の大切な時間と動力を、あまり意味の感じられないことに使うのは勿体ない。子供たちはよくわかっている。ちゃんと成長している。
 粒は、子供たちに、配偶者に対する言い訳じみた弁明をすることを、きっぱりと辞めた。そうすることで、粒は、すこうし身が軽くなったような気がした。
 それに、自分が配偶者の弁明をする様が、きっと子供たちには、母親が配偶者に媚びをうっているように見えていたのではないだろうか、と思うところもあった。


 それからも、粒は少しずつ少しずつ、これまでの自分の保身の術のあり方を問い、自分の生き方を探り続けた。
遅くない。いつになるかわからないけれど、きっとその時は来る。諦めないで考えて行動してゆけば、きっと・・・と自分で自分を励まし続けた。



第四話につづく


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