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さいかい Ⅲ

美結さんの話は静かに,そして緩やかに終わった.
隼人は何も言えなかった.あまりにも悲しすぎた.
「あまり,きにしないでください.もう踏ん切りはついています.それに,私が行動したことであの人も救うことができたのです.それだけで十分です」
隼人の心を読み取るように美結さんは告げる.
「でも,なぜ美結さんだったんですか?これじゃぁ本当に神隠しみたいじゃないですか」
「そうですね.なぜ私なのか,それを考えたこともあります.答えはでませんでしたが,私でなければいけない理由がきっとあるのでしょうね.それがあなたがここから出る手がかりになるはずです」
 美結さんのいうように,美結さんが,自分が,そして妹が選ばれた理由があるはずだ.それがヒントになる.
「そろそろ先に進んでください.あの扉の先に次の人がいます」
 指を指しながら美結さんは隼人を促した.
 いつのまにか扉が自分の真後ろに現れていた.どうやら先に進まなければならないらしい.

「必ず,すべてに理由があり,何かが生まれ,何かが消えます.それはどんなものも一緒です.わすれないでください」
 美結さんが最後に声をかけてくれた.その言葉にお礼を言い,扉へ向かう.扉は先程,開いたものよりも小さめで材質は少し新しかった.
 扉を開けると,中は和室のようになっていて,温かい暖炉を取り囲むように座布団が居座っている.部屋の角にあるローテーブルのような台の上には文字によって湿っている半紙が置いてあり,ついさっきまで誰かがここにいたことがわかる.
 しかし,誰かいないかまわりを見渡しても人の姿は見えない.さっきのように美結さんのような人がいると予想をしていた隼人は完全に当てが外れ,ここからどうすれば良いかわからなくなってしまった.

―なんだか足が変な感じ.
 考えこんでいると右足に少しだけ重みを感じたので右つまさきを床にコツコツと叩いて違和感を消そうとする.それでも足の違和感が消えないので,下を見てみるとそこには少し,筋張った右手がゴキブリのように靴の上から隼人のふくらはぎへとカサカサと登ろうとしていた.
 あまりの出来事に言葉も出ず,後ろに飛び退くと右手は隼人の足を離れ,机の方に動いていった.

「私の右手がすまない.ただ,ここは大切な場所なんだ.その靴ぬいでくれないかい?」
 後ろから声をかけられ隼人が振り返るとそこには右手のない男が佇んでいる.その男はとても朗らかで,感情の起伏が少なそうだと隼人は直感する.
「どれだけここにいるのかわからない.けどここにいると金色に輝いていた時を思い出せるんだ.だからあまり汚さないでほしい」
 男に催促され,隼人は靴を脱ぎ始める.隼人はこの人が次の人なのだと理解した.ただそれにしても右手があまりにも不気味すぎたので少しだけ身震いをする.
「確かに,あの右手は少し不気味だけどほっとくぶんには何もしないよ」
私は正雄.と男はいいながら隼人の恐怖心を拭おうと右手の取り扱い説明をする.その甲斐あってか少しだけ隼人の恐怖感は薄れ,変わりに右手への好奇心が湧き立ってきた.
「正雄さんの右手なんですよね?」
「そうだよ」
「なんで右手が離れるんですか?」
隼人の純粋な疑問だった.言ってしまったあとに言ってはいけないことかもしれないと少し後悔する.
「それは私にもわからないよ.目覚めたらここにいて,右手がうようようがいてるんだ.ただ,わかるのはこれが自分の腕だってことくらいさ」
少し,ふざけたような,自嘲しているような感じで正雄はつぶやいた.きっとこの場所で何かを願った結果なのだろうと隼人は理解する.
ー 一人は,大切な人と別れ,もう一人は片手すらもこんなになるなんて…やっぱり呪いじゃないか.
そんなふうな思いが隼人の頭の中を埋め尽くし始める.
「まぁなんでもいいさ,私は変わらずここにいる.行くことも帰ることもできない.淀み点なんだから」
 正雄の嘆きが机に置いてある文鎮よりも隼人にのしかかる.
「正雄さんに何があったのか教えてくれませんか?」
それでも前に進む以外に道はないので話しを切り出す.
「そんなに楽しい話ではないけどなんでこうなったか話そう.君もある意味では同胞だろうからな」
 正雄は語り始めた.その声は喉やら発声部分すべてから悲しみがにじみ出ていた.

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