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読書#4 「実戦・倫理学」著:児玉聡

倫理学とは?

倫理学は困難なジレンマを解決するための合理的方法を模索する学問である~実践・倫理学~

 倫理学と言われてもぴんとこない方が多いのではないだろうか。少なくとも私はぴんとこなかった。お坊さんの説法のようなもの? 昔の偉い人はこう言いました、といったような古めかしい説教を想像したものである。

 ただこの本では、倫理学を上記の引用のように定義している。つまり、偉い人が言ったありがたいお言葉ではなく、課題を解決するための思考法といったところだ。学問とはそもそもそういうものだろ、と思うかもしれないが、倫理学が扱う課題はジレンマである。

 たとえば、第二章で扱われているジレンマ「死刑は存続させるべきか、廃止すべきか」がわかりやすい。ときおりメディアでも取り上げられ議論される話題だ。読者もそれぞれ意見があるだろう。いや、この手のジレンマに解答などないだろうと思ったのではないだろうか。それぞれ意見があるだろうと述べた私も言ってしまえば解答などないという立場に立っている。

 しかし、著者は、それを思考の停止だと述べている。この本では、倫理学の立場から、様々なジレンマに対してどんな解決法があるかを論理的に考察している。ただあくまで考察だ。著者自身が、こうすべきだと述べることはない。まず想定される解決策を提示し、その解決策が倫理的観点から矛盾があるかないかを考察している。

 倫理学というものがジレンマの解決法を考えることだとすれば、この本はまさしく倫理学を体現しているといえる。

扱っているジレンマ

  1. 死刑は存続させるべきか、廃止すべきか

  2. 嘘をつくこと、約束を破ること

  3. 自殺と安楽死

  4. 喫煙の自由

  5. ベジタリアニズム

  6. 善いことをする義務

  7. 法と道徳

気になった考え

義務論

義務を守った結果としていかなる帰結が生じるかに拘わらず、義務は守らなくてはならない

~実践・倫理学~

 平易に言えば、何があっても義務は守らなくてはならないということ。義務を守ったならば、その結果何が起きようとそれはその人の責任ではないという考えだ。

 たとえば拳銃を持って目を血走らせた男がやってきて、知人の場所を尋ねてきた場合に嘘をつくべきかつかざるべきかという話。義務論では、嘘をつかずに知人の場所を告げるべきというのだ。その結果として男が知人を撃ち殺したとしても、それは男のせいであって私のせいではないという考え。かなり極端だが、理論的にはわからないでもない。

功利主義

行為や政策の正しさは結果のよしあしのみによって決まる

~実践・倫理学~

 みんなが幸せになるんなら、義務とか守らなくてもいいじゃん、という考え方。

 親から遺産を相続したが、そのお金はすべて自分の銅像立てるために使うように言われ約束した。だが、銅像をたてるよりも病院に寄付した方がみんなのためになるんじゃないかと思って約束を破った。

 この考え方が肯定されるのが功利主義である。おわかりだろうが、義務論とは対極に位置する。義務論では結果としてゴミの銅像が立つだけだったとしても、約束は果たされるべきと考える。一方で、功利主義ではみんなのためになるならば約束を破ってもよいと考える。どちらが正しいということもない。おそらく皆、無意識に場合によって使い分けているだろう。

他者危害原則

個人の自由を制限してもよいのは、他人に危害を与える行為に限られる

~実践・倫理学~

 これは社会がどの程度、個人の自由を制限してもよいかについて議論する文脈で紹介されている考え方だ。

 他人を傷つける、もしくは他人から奪うような行為はやってはいけない。これはすっと腑に落ちる。当然だ。一方で、それ以外は基本的に個人の権利を制限してはいけないという考えである。

 具体的にはタバコを吸う自由を制限できるかという話だ。この制限する際の根拠として、他者危害原則が用いられている。

パターナリズム

他者が当人の利益のために当人が必ずしも望んでいない介入を行うこと

~実践・倫理学~

 禁止するのはおまえのためを思ってのことなんやで、という考え方。

 未成年に対する飲酒やタバコを禁ずる法律の根拠となる考え方だ。そんなの自己責任だろと思ったことはないだろうか。しかし、判断力の乏しいとされる未成年には、このパターナリズムの考え方が適用されるわけだ。

 この思考は法律の世界だけでなく、対人関係でもよく見られる。いわゆる余計なお世話というやつだ。彼らの行動にはパターナリズム的な倫理観が働いている。

気づき 

とりあえず重い

 とても思慮に富んだ本ではあるのだけど、ちょっと読もうかなと思うにはなかなかに体力をもっていかれる本であった。というのも、各章で何かしら結論が出るような構成になっていないのだ。

 大事なのは、結論ではなく、そこに至るまでの思考プロセス。考えることが倫理学であると冒頭で述べているように、どういう経緯でこの結論が倫理的に問題があるかということを理解することが、この本の醍醐味である。

 ゆえに重厚。内容の濃い本が好きな方にはおすすめ。一方で、要約すれば3ページくらいの内容の啓発本じゃないと読みたくないという方はやめた方がいいかもしれない。

倫理学の考え方が少し見えた

 私はこれまで倫理学というものを学んだことがなかったため、さっぱり知見がなかったが、この本を読んで一端を見ることができたと思う。

 義務論や利己主義などの初歩的な概念を理解することができて、それらを駆使して、現在の問題を倫理学的に捉えるやり方は新鮮でおもしろい。

 疑問としては、こういった教養を現代の政治家や法律家がちゃんと持っているかということだ。政治家やご意見番といった者達のコメントを私も少しは読むが、こういった論理的な話の展開を見たことがない。

 わかっていてやっていないのかわかっていないからやれないのか。せめて後者であってほしい。そちらの方がかわいげがある。救いようはないが。

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