GENJO〜げんじょう〜

【はじめに】
この物語は遥か未来、しかしそう遠くない時代に起こりうるであろう架空の話であるが、本当に起こらないとは限らない・・・。

【あらすじ】
時は西暦2027年。
そして舞台は日本・第三新横浜臨海森公園前総合病院。
そこに勤める「石崎 裕(いしざき・ゆう)」はこの物語の主人公で、まだまだ新米の医師である。

【第一幕】
2027年4月3日、その日Dr.ユウの診察室に一人の妊婦が入って来る所からこの物語は始まる。
妊婦の名前は泉谷さえこ。

彼女は診療情報提供書(俗に言う紹介状)を持っており、詳しく聞くとどうやらその妊婦は性感染症の疑いがあるとの事だった。

彼女の訴える症状は"おりもの"に血が付着する、急な体重減少、首筋や足の付け根など至る所に発疹の様な赤い斑点、腹痛、倦怠感、吐き気であった。

彼女はこの病院に来る前は自宅の近くのクリニックに通っていたが、そのクリニックでは性病のチェックをしたが何も該当するものがなく、詳しく調べられなかったとの事で大きな病院で調べて貰おうと今日そのまま来たのだと言う。

さえこは現在妊娠8週目(およそ3ヶ月)。彼女の言う症状は主に妊娠中なら誰にでも起こりうるものだった。

しかし、Dr.ユウには疑問があった。
何故そのクリニックで行った性病のテストに該当するものがなかったのだろうか?もしかして、この患者は医師に隠していることがあるのか?それとも、どの性病の検査に引っかからないのなら未知の新型性感染症なのか

先ず、さえこの家族・交際関係、薬物使用の有無、過去に輸血等を行わなかったのか、データチップと言う未来の医療道具を使って調べてみた。

解説するとこのデータチップとは2026年に発明された物で、病院だけでなく警察などでも使われている便利な物なのだ。

人は勿論、他動物の腕に埋め込まれたその人の家庭環境や嗜好がナノレベルで一つにまとめられている「次世代の為の自己紹介シート」と呼ばれる所謂デジタルプロフィールの事である。

調べる事数分後、さえこの過去が分かった。

7年前にプレジュラ、数日前にマリファナの使用歴があった事が判明した。

プレジュラとは2025年末から各国で出回っている覚醒剤。快感を意味する「pleasure」と、ケルト語で森を意味する「Jura」とを合わせて作られたからプレジュラ(快感のと言う名前が付けられた。

彼女はなんと10代の頃から幾多の異性と身体の付き合いをし、いずれもコンドームの着用は無かったとの結果が出された。それと同時に危険な覚醒剤を使って来たのであった。

STIの可能性が大いにある事、そして彼女の過去は一通り分かった。しかし、問題は今の彼女を何が苦しめているのかと言う事。
ここでいうのは病原体を指している。

一昔前の覚醒剤を使う者でありがちだったのが注射器の使い回しや、快感を求めたいが為に複数人と付き合う事が顕著なものだったが2027年の今でも愛も変わらずそのやり方で毎年数億単位のペアや片方だけが診察に来たりして、漸く事の重大さに気付く(一方で自分が大変な状況だと気付かない人も居るが…)というのだが、今回はそう簡単に治療に向けてのプロセスを踏む事が難しいとされた。

その理由は何よりも彼女は現在妊娠中であったからである。もし彼女が性感染症であればお腹の子を流産する可能性がある。だからDr.ユウは焦った。

Dr.ユウには疑っていた病気がある。
それは「エイズ」であった。

かつて世界中で流行し多くの有名人や人々の命を奪ったAIDS(後天性免疫不全症候群)、そしてそれを引き起こす可能性を持つHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の治療方法は人間の弛み無い努力の末に数多く発明され、今や感染している人はこの地球上からほぼ消えつつあり、発症すれば恐ろしいスピードで患者を死なせる恐ろしい病気ではなくなっており、天然痘に次いで人類が克服した感染症と呼べる日もそう遠くはないと言われていたが、ひょっとすると…という事もありHIVとAIDSの検査を両方行った。

しかし、HIVに感染していたりAIDSを発症していたりする事は確認されなかった。

では梅毒か?何の抗体検査を行うが、スピロヘータの存在は見られなかった。

尖圭コンジローマ、ヘルペス、HPV、淋菌、クラミジア…この患者の身体に巣食う病の正体は一体何なのだ!?

Dr.ユウは同病院の婦人科でSTI(性感染症)の治療を主に力を入れていたDr.マユミに情報を提供し、考えられる病を共に調べ尽くすのだった。

それまでは病院内の休養用カプセタル(カプセルホスピタルの略)で過ごしてもらう事とした。

医療法もここ数年の間に改革があり、患者の不安感を減らす動きの為に入院する必要がなくても不安がある外来患者をレンタルでだが各病院内に設置されている休養する為だけのカプセルホテル(温度設備、防湿防音、個室でプライバシーを守る、などの設備が整った)が出来て、利用者数が一日で数万件にもあがり、今年に入ってまだ上半期(4月)だと言うのにその日の午前中には満席になってしまう程利用者数が増える位現代人はどんなに医学が進歩しても不安とは切っても切れない縁なのだと改めて思い知らされる。まあ、その一方でこの患者の様に一時の快楽の為だけに後先考えずに自身の身体を意図も容易く傷付けたりする人が居るのもある意味人間らしいとさえ思える。

検査結果が出るまであと4日必要だ。
それまではこの、さえこと言う妊婦と彼女のお腹にいる新しい命の両方を慎重に見守っていかねばならない。

Dr.ユウは「胎児も母体も必ず助ける!」と誓うのであったー・・・。

【第一幕終わり】

第二幕へ続く。