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リミット

最近ずっと頭のどこかで意識してしまっている人生のリミット

端的に言えば、妊娠と出産について。

ともだちのYちゃんは、子供はほしいが妊娠出産はしたくないという。

わかる。

ともだちのAちゃんは、もう結婚したんだしささっと赤ちゃん産んで育てちゃうのもありだねという。

わかる。

年上のKさんは最近子供を産んだ。

すごい。

自分の中でも産むなら20代のうちがいいのかなと思っている節はあって、29で産むとしても28で妊娠、ということは27くらいから妊活スタート?と思うとはてわたしにはあと1年しかリミットがない

私が自由に生きられて、読みたい本を読みたいときに読み、ジムに行きたいときにジムに行く

私による私のための人生は残りあと1年しかないと思うたびに悲しくなる

まだわたしにはほんとうに楽しいと思えることがあると思うし、いったことない場所がたくさんあって、若さを武器にもっといろんなことができるんじゃないかと

勘違い半分かもしれないけれど、そう思う。

もはや子供がほしいという気持ちはどこかに置いてきてしまった

怖い、不安、なぜ私が痛い思いして産まねばならんのじゃ、という思いが先にくる

そう言っているくせに、いざもし子供ができなかったらなぜわたしのところには子供ができなかったんだと嘆くのだろう

どうかしてるほんとうに

子供がほしいと軽く口にする男はこの内なる心境について少しでも理解していただけているのだろうか

結局のところ当事者は女で男はサポート役にしかなれないんじゃないか?

ではなぜ私が当事者にならなければいけないんだ、サポート役に、回らせてくれ
全力でやるから。
そっちのほうがよっぽど楽じゃないか。

1日1日、今日もまた彼に妊娠出産の話をされなかった良かったと安心する毎日。

妊娠出産を検討している女の人は皆どうやって心の平穏を保っているのだろう
わからない

そもそも毎月生理による体調不良に悩まされがちな女性は、ある程度女であることからくる平穏ではないこと、に慣れてしまっているのかもしれない

私は慣れたくない

平穏に生きたい

そう、平穏に、ただ平穏に生きていたい

息をするように仕事をしてご飯食べて寝て、それだけで十分なのである
これはなによりわたしがいま健康だからだ。

そうではない道、自分の体を酷使して傷つけて、そんな道に逸れていくことを選ぶためのエナジーはわたしには今現在ない。

どうしたらいいのだろう

これまでの人生、〜すべき論で生きてきたがゆえ、妊娠出産も20代のうちにしておいたほうがいい
→だからする

そのノリでいけると思っていた

しかしここにきて、アラサーになって、自分の身体は自分のものだという、強い気持ちが芽生えたのだ。

それはそれでまた人生。

少なくとも、

もし彼に子供がほしいと言われたとき、この不安を言葉にして伝えられる人間でありたい。

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