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でんきけしとくわ②

気づくと夢の中。列車で立ち尽くしていた。いつものように微笑みかけてくる乗客を見ることもなく、駆け出す。先頭車両のお姉ちゃんに会いたい。ただそれだけだった。先頭車両に見慣れた影を見つけた。本を読むようにしてうつむき気味に座っている。肩まで伸ばした黒髪とその黒を裂いて現れる耳のホクロ。顔が見えなくても姉だとわかる。

「お姉ちゃん!」

「あ、ゆみ。きてたのね」

「きてたのねじゃないよ!急にこんなことなって!」

私はボロボロと泣き出してしまっていた。焦燥している両親に代わり手続きを淡々と進め、泣く暇もなかった。しかし会えてしまったら、そんなたがも外れてしまう。

「ごめんね、驚かせちゃって」

座り込んでしまった私を姉が抱き留める。子供の頃にもそんな風に泣いた私を慰めてくれていたことを思い出す。だが、その時感じられた体温が今は感じられない。その事実にまた涙がこぼれてくる。夢だというのに現実に引き戻すのがうまくて敵わない。

「ゆみもわかったと思うけど、この列車に乗っているのはみんな私たちの祖先なんだ。でも安心して、みんないい人だから。私はこんなことになっちゃったけど、ゆみのことだけは守るから。私の命に代えても。て死んでるんだけどね」

「そんなこと言って!お姉ちゃんが死んでみんながどれだけ悲しんだか知らないでしょ!」

「わかってるよ。わたし、いつも見てるから」

「え!?」

「いつもわたしは見てるから。だから、何かあればゆみのこと絶対助けるから。それだけは約束する」

そう言うと涙のせいで滲んだ姉の姿は色あせ、薄くなっていった。その姿はまぶしく、目を閉じてしまう。そして私はそれが現実の日光だと気づいた。


姉の葬儀も落ち着き、私はある場所へ向かっていた。その界隈じゃ有名だという霊媒師のところだ。あんな夢を小さいころから見ていて、さらに姉の早逝。私は悪い夢ではないと思っているのだが、母が不気味がり悪いものが憑いてないか見てもらってきなと送り出したのだった。

片田舎のお寺。あんなことがあったばかりだから、と職場も簡単に有休をとらせてくれた。ずいぶん辺鄙なところまで来たなぁと自分でも思う。境内の手水舎がどこかの湧き水を使っているらしく、それがパワースポットなのだとスマホが教えてくれた。

結果から言えば、私には「何か」が憑いているらしい。霊媒師さんに会った時の顔を私は忘れないだろう。眉を顰めつつ口元が「えっ」と言っていたのを見逃さなかった。言葉にする前から霊媒師さんの言わんとすることがわかってしまった。その人曰く「悪いものじゃないけど、パワーの強いものがたくさん憑いている。わかりやすい言葉でいえば超強力な守護霊がついていて、そのせいであなたの実世界にも影響が出ている状態」だということだった。昔から霊感が強かったが、それはどうやらあの夢のせいだったみたいだ。自分でもわかってはいたが、お墨付きをもらえてなんだかホッとした。

ハァ。ハァ。その人と話しすぎたせいで私は走っていた。ここは1時間に1本電車があればいい方ということを忘れていた。次の電車を逃すと今日中に家へ帰るのを諦めないといけなくなる。久しぶりに全速力で走っていた。大人になって全速力で走るのなんて久しぶりだ。下りの山道だから歩幅が大きくなっていく。無駄に勢いのついたフォームへ徐々に私の体がついていけなくなった。脳は腿がもっと上にあることをイメージして全身を動かす指令を出しているのに、そこまで上がらない。あ、と思えば足がもつれ、重力が足だけでなく顔にまで地面へつくよう強制してくる。と共に近づいてくる地面に角ばった15cmくらいの石が見えてきた。これは血が出る奴だと思いながら目をつむった。

私は走っていた。目を開けると私は引き続き、走っていた。足が上がらなくなっているのは変わらないが、走っていた。足を止める。振り返ると地面にさっき見た石がある。私は理解した。

「お姉ちゃんだ!」

何とか間に合った電車で、走った疲労から私はうつらうつらしていた。情景が段々と見覚えのあるものに変わっていく。いつしか私は座っていたはずの電車で立っていた。またあの夢だ。

一目散に駆け出した。先頭車両にお姉ちゃんがいるはずだ。これはお姉ちゃんがやってくれたのか。確信はあったが、聞きたいと思った。こないだと同じ俯き加減の髪の長い女性。お姉ちゃんだった。

「あれ、お姉ちゃんでしょ!?」

「うん。わたしというより「わたしたち」だけど」

そう言って姉は微笑んだ。そして、その笑みを消して付け足した。

「それから、ゆみ。これからはもうあんまり会えないと思う」

「えっなんで。これからも夢でいいから会って話そうよ」

「これ以上こっちの世界につかるとゆみが危ないのよ。ここらが潮時」

突然の告白に私は戸惑っていた。せっかく亡くなっても交信できる場所を見つけたと思ったのに。

「子供の頃はまだこっちとの境界が曖昧だから問題なかったんだけど、ゆみももう立派に大人じゃない。こっちから不用な影響受けると良くないのよ」

「じゃあもうお姉ちゃんには会えないってこと?」

「うん。あんまり会いに来れないと思う。これからも何かあれば手助けはするけれど」

「ならせめて、お姉ちゃんが助けてくれた時教えてよ。何か合図とか送ってよ」

駄々をこねた私に姉は困った顔を見せながら言った。

「でんきけしとくわ」

その言葉を聞き終わると私はまたローカル線の車中に座っていた。

(つづく)

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