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わんこやきとり

「行きたい店あるんすよ」

イケメン後輩が提案してきた。
奢ってやる代わりにいつも俺の好きな店に連れて行っていたから珍しい。
いつも可愛い女の子をとっかえひっかえしてるから、自分の行きたいとこはその子らと一緒にいっているはずなのに。

「どんなうまい店なんだよ」
そう問う俺に彫りの深い顔でニヤリと微笑む。
「それがわからないから加藤さんと行くんじゃないすか」
まったく、そんなことだろうと思った。

駅までの道中、あの時の子とは結局どうなったのか聞いてみる。
「まぁ想像してる通りっすよ」なんてつれない返事が返ってくる。
ぱっちり二重で外人のように彫りが深い。
それでいてバカで愛嬌もあるから母性本能をくすぐるんだろう。

そんな後輩の案内でいつもは折れない交差点を行くと、それはあった。
「おい、まじでここなのか?」
「そうっす、いつもここ混んでて入れないんすよ」
「いや、そういう問題じゃなくて、マジでこれ店なのか?」
見た目は民家でしかない。
しかも汚めの。
汚めはきれいに言い過ぎた、ちゃあんと汚い。
駅前だからまだいいが、町の外れにあったら肝試しで使われていてもおかしくない外観をしている。
国勢調査員が封筒置いていかないレベルのやつだ。
壁はすすけて黒くなっているし、かかった暖簾もタバコのせいなのか茶ばんでいる。
何より「開店」の知らせのはずの提灯がびりびりに破れており、丸見えの電球に向かって蛾や虫がたかっていた。
煌々と灯っているのに入るのを尻込みさせる。
提灯には「やきとり」という文字が躍っていた。
こりゃあ万が一美味かったとしても女の子とは来ないだろ、と奴を小突いた。

ガラガラガラ、と格子戸を開くとカウンターだけの店内はほぼ埋め尽くされていた。
皆、グラス片手に焼き鳥を食べている。
女性は0。
一番手前のカウンターへ座る。
もう白髪すら少ない70は超えようかという店主が「飲み物は?」と聞いてきた。
「とりあえず生2つで」
そう返すと、思いがけない言葉を返された。
「うち生ないんだよ。瓶ビールならあるけど、それでいいかい?」
だから客がジョッキを持っていないのか。
店主の後ろにある棚には、確かにグラスとおちょこしか置かれていなかった。

そうして瓶とグラス、そしてお通しのキャベツのお新香が出てきた。
ここでまたしても俺と後輩は違和感に気づくことになる。
箸がないのだ。
お新香にはつまようじが添えてある。
周りを見てもお箸を使っている客は一人もおらず、皆器用につまようじでキャベツを刺したりすくったりして食べていた。
すげぇお店に来てしまったと2人目を合わせた。
さらに畳みかけるように店主が聞いてくる。
「塩、タレどっち?」

塩もタレも何もそもそもまだ注文決まってませんし、と思いながらメニューを探すが、ない。
上着脱ぐときに落としちゃったかな、と思って下を見ても、ない。
ここでしびれを切らした店主が
「うち、メニューないのよ。塩かタレか選んでくれたらそれでお任せで焼いてくから。嫌いなものある?」と教えてくれ、ようやくシステムがわかった。
「なるほどっすねー。じゃあ僕タレもらうんで加藤さん塩で行きましょ」とやっと焼き鳥にありつく土俵に立てた。

はい、と無愛想に出された一本目の串はレバー。
串に3つ刺さっている。
正直、そこまで好きじゃない。
まして塩だから、あの何とも言えない臭さがこみあげてくるんだろうと思い躊躇した。
それに気づいたのか店主が「お好みでごま油かけてね」とこっちにごま油を寄せてくれた。
後輩はというと威勢よく「腹減ったー」とか言いながらレバーをほおばっている。
「加藤さん、食べないんすか。僕もらっちゃいますよ。マジ、うめっすよこれ」
わかったよ、と言いながら串に刺さった先頭のレバーにかぶりつく。
外はきちんと火が通っていてカリッとした食感もある。
が口に入れるとほろほろと崩れていく。
それでいて中は半生で滑らかな食感が味わえる。
そこにもちろんレバーの苦さもあるのだが、塩がレバーの甘さを引き立てている。
そしてその二つをごま油がくるみ、正反対であるはずの苦さと甘さが共存している。
最期にはごま油の香りが残り、臭さなんて微塵も感じない。
ちょっと待ってくれ。
これうますぎるぞ。
「まじうめっすよこれ」なんて簡単な言葉で片付けやがって。
危うく後輩に渡すところだった自分を恥じた。
お新香で口直しして2つ目のレバーに歯を立てる。
肉汁が舌で跳ねる。
またも甘さと苦さが注ぎ込んでくる。
そしてまるで大トロのように舌の上で溶けていった。
その油を喉の奥へとビールで流し込む。
優勝。
舌の上でレバーが跳ねて胴上げしてビールかけしてますわ。
今まで食べてたレバーは苦いゴムだったのかと勘違いするほどのレベルの高さ。
後輩と今度は違う意味で目を合わせた。

そのころには次の串が置かれていた。
「カシラねー」
もう焼き台の方へ戻った店主からの声が届いた。
こちらはレバーとは打って変わってかなり歯ごたえがある。
だが、歯が刺さるたび肉汁が溢れてくるのは変わらない。
良く焼いてある分、炭火の焦げの香ばしい感じも加わりまたもや美味い。
溢れて肉汁や油が、まとった塩と混ざり合い幸せの液体と化す。
おい、これ書いてる今も腹減ってきたぞ。

そうして、この後も続々とガツ、タン、ハツと焼いては置き焼いては置き、いうなればわんこやきとり状態。
そしてそのどれもがうまいという。
ちなみにお新香も当然のごとくうまい。
よく漬かっていてまた水分多めで供されるので、口をさっぱりさせるのにちょうどよいのだ。
しかもお替り無料。
なんじゃこれなんじゃこれ、と二人でバクバク食べてしまった。

8本くらい出たところで「とりあえず最後ね」とお任せ終了の合図だ。
すっかりこの店の魅力に取りつかれた俺たちにとって、追加で食べることは当然の責務だった。
ここまで食べてみて気になっていたことがあった。
タレだとどんな感じなのかということだ。
箸もないから串盛り改め肉盛りのようにできず、交換できなかったのだ。
だからまずはお互い塩とタレを入れ替えて食べてみようとなった。
シロやカシラなんかはタレで食べるとまた違ったうまさが出て酒が進む。
また二人でバクバク食べていたら隣に知らないものが運ばれていった。
なんだあの赤と黄色の乗った串は、、、
肉と玉ねぎが交互に刺さっている。
あ、あれは、、、ウインナー!?

こんな昭和感漂う酒場でおっさんしかいない中なぜにウインナーがあるのだ。
おでんの中のロールキャベツや蕎麦に入ったコロッケのような不思議な和洋折衷感。
しかもケチャップとマスタードまでかけているときた。
俺らが食べていないということは、わざわざ追加注文で頼んでいるのだ。
これがまずいわけなかろう。
普通だった。
確かに炭火で焼いているからウインナーがカリカリだったり、玉ねぎが甘味引き出されていたりというのはあるのだが、結局ケチャップやらがかかっているのでホットドッグの中身だよねこれとなってしまう。
美味いけどこの店で食べるものじゃない。

さんざんっぱら食べたが二人で6000円もせずびっくりしてしまった。
しかもおあいそをお願いするとどこからともなく出てくるそろばん。
現役のそろばんを初めて見た。
結局、後輩は本当にその店へ女の子を連れて行ったらしい。その先は想像に任せますとのことだ。
「あ、でも加藤さんは女の子連れて行っちゃダメっすよ。ああいうのは僕みたいにギャップがあるからいいんす。加藤さんが連れて行ってもギャップないすから」
「おい!」

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