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誠意を育むために。代表監督・井上康生が考える「チームスポーツとしての柔道」:『スポーツの価値再考』#007【後編】

『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく対談企画。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

今回の対談相手は、リオ五輪で全階級メダル獲得を達成した柔道男子日本代表・井上康生監督。「熱意」「創意」「誠意」のバランスが大切だと語る井上監督は、武道を人生の中でどのように位置づけるのか。第7回対談、完結編です。

人間性を補い合う「チームスポーツとしての柔道」

辻:ここまで、自分の内側から出てくる思いや「誇り」といったお話がありましたが、井上監督が大切にしている哲学はどんなものですか?

井上:まずは、「当たり前のことをきちんとやる」ということから全て始まると思っています。その上で大切にしているのが「熱意」「創意」「誠意」という言葉です。「柔道が好きだ」というような内なる思いをもとに、高みを目指して考え抜き、試行錯誤を重ねること。これが自分の内側にある部分ですね。
ただ、自分の外にあるものへの「誠意」が無ければ、そのバランスも崩れてしまうと考えています。柔道の師でもある父からは「人を傷付けず、大事にすること」を特に厳しく指導されました。相手への礼や挨拶といった部分ですね。

辻:すごく整理されました。それは日本代表の選手にも伝えているんですか?

井上:はい。選手には自分自身への誇りを持つように伝えますが、次に大切になるのがまさに「日本代表」そのものです。当然、代表のチームは一人のものではなく、過去から現在、未来にわたり多くの人が関わるもの。50年後100年後に発展し続ける日本柔道であるために、選手たちの全ての振る舞いが重要になります。責任と自覚をもって行動することが我々の使命である、ということは繰り返し伝えています。

辻:代表選手の人間性という部分に井上監督は強いこだわりを持たれていますよね。彼ら彼女らの人生における成熟まで考えている監督というのは、なかなかいないんじゃないかと思います。

井上:競技では立派な力を発揮できるけれど人間性の面では未熟な選手がいた時、その選手をどのように指導していくのかは、スポーツ界の課題だと思います。
武道やスポーツを通して学んでいるのは、人間の生き方そのものです。その一部に目標としてオリンピックなどの大会がありますが、目標を達成した後も人生は続いていきます。足りていない部分にどう向き合うかは、これからも考えていきたいですね。

安西:人間性の面はやはり、コミュニティや仲間との関係性を通してそれぞれの哲学を刺激しあい、成長していくものだと思います。井上監督は「チーム」という言葉を使いますが、個人競技である柔道の代表選手にも「チーム」の概念は伝えているんですか? 

井上:各選手の目的や目標は違うなか、あえて「代表合宿」をやることの意味は、お互いの価値観を刺激させ、代表としての自覚を芽生えさせることです。指導者も含めて、全員で人間性を補い合うことは不可欠だと思います。合宿では柔道と離れた体験や講義も行い、個々人の価値観を広げるようにしています。

辻:触れたことのない体験をするというのは素晴らしい取り組みですね。人間には「『自分が知らない』ということすら分かっていない領域」がとても広くあって、その中にヒントが転がっている。その領域に触れることで器が大きくなっていくと思います。

後編_渉さん

安西:井上監督は、広い意味でチームスポーツの監督をされているのだと感じました。監督としてトップダウンで伝えることだけではなく、チームの中にいる人それぞれが及ぼし合うう作用についても考えているんですね。

井上:指導者も、もちろんチームの一員として影響を受けています。「最強かつ最高」という理念や「誇り」「責任と自覚」といった話を背景から何度も説明していくことで、自分自身が指導者として、そして人間として成長しているのを感じますね。

辻:時代によるポジティブな変化として様々な性格の子たちが出てきていて、指導者にとって多様性や個性という部分の難易度がかなり上がっていると思います。実際にスポーツ界の指導面で、カテゴリーを問わず多くの問題が起こってきています。それらの問題が顕在化してきたのは良いとして、課題にどう取り組んでいくかは考えたいですね。井上監督からは自分自身が常に学び続けるという強い意思が感じられて、本当に尊敬します。

井上:厳しさや闘志というものに対して、非常に指導者の表現力が求められる時代ですよね。一つの分野における素晴らしい力を持った子たちが生きていくうえで苦労しないようにするのも、指導者の大切な役割だと思います。

後編_井上監督

「最強かつ最高」から「最高かつ最強」へ

安西:「武道やスポーツの価値」、またその価値を深めていくこのプロジェクトについて、どのように考えていらっしゃいますか。

井上:元々お二人から様々な視点のお話を聞きたいという思いが強くあったんですが、期待の通り、自分自身と柔道界が今後取り入れていくべき考え方に多く触れることができたと思います。
お話をしてきて、初めにお伝えした代表の理念「最強かつ最高」は、「最高かつ最強」の方がふさわしいのではないかと今まさに考えています。「最高」の人間であることが真の目的であって、武道の価値そのものだということです。スポーツや武道を通して生きる力を身につける、そして得たものを社会に還元していく。これを我々は追求していきたいなと強く思いました。

辻:それはすごく光栄です。もちろん私たちが井上監督から学ぶことも多くあり、双方向のやりとりの結果としてシナジーが生まれる。まさに対談の意義だなと感じます。
「最高」とは何かを考えるのはとても奥が深いですよね。井上監督が今後どのようにこの考えを深めていかれるか楽しみです。

井上:オリンピックも、選手の人生にとっては通過点、生きる道の一部だと思います。人生の「最高」のために、内発的な動機によって選手が「最強」を目指す。その姿が社会に感動や勇気を与える。この循環こそが理想のスポーツのあり方ではないでしょうか。

▼第7回対談の前編はこちら。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。

プロフィール

井上康生(いのうえ こうせい)
柔道男子日本代表監督・東海大学体育学部武道学科教授
1978年宮崎県生まれ。現日本オリンピック委員会会長の山下泰裕氏を師と仰ぎ、東海大相模高校から東海大学へ進学した。2000年のシドニー五輪100kg級で金メダルを獲得。
2012年の代表監督就任後はそれまでの指導方法の見直しに着手。監督として初めて臨んだリオ五輪において、男子日本代表を52年ぶりとなる全階級メダル獲得に導いた。
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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