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五輪延期にも左右されない、「誇りを持った」選手たち。柔道日本代表・井上康生監督の掲げる理念:『スポーツの価値再考』#007【前編】

『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく対談企画。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第7回の対談相手は、柔道男子日本代表・井上康生監督。リオ五輪で男子日本代表を全階級メダル獲得に導いた井上監督は、代表選手に対して「誇りを持つこと」の大切さを伝えています。武道やスポーツにおいて、内なるエネルギーを大切にすることの意味は何なのか。「最強」のチームの特徴とは。

「最強かつ最高」の理念

辻:「スポーツの価値再考」プロジェクトも後半に入り、社会におけるスポーツの様々な側面が語られてきました。スポーツ界に新しい輪が広がっていくなか、今回はこの取り組みに興味をもって声をかけてくださった、柔道男子日本代表・井上康生監督を迎えて対談を行います。よろしくお願いします。

安西:井上監督は監督として柔道男子の強化に携わっていますが、結果だけにこだわるのではなく、柔道とは何か、武道とは何かについて俯瞰的に考えられていると思います。そもそも、スポーツと武道の違いはなんでしょうか。

井上:起源の部分で、スポーツには「楽しむ」こと、武道には「死」というものがあります。ですから、元々は違ったものなんです。ただ柔道については競技化と国際化を進めていくなかで、体重別の階級であったり「一本」といったルールが取り入れられ、スポーツと近い形になってきました。

安西:海外の人から「JUDO」はやはりスポーツとして捉えられているんですか?

井上:日本の文化や民族性といった背景まで完全に理解してもらうのは難しく、入りの部分でスポーツとして捉えられることは多いですね。だからこそ、日本国内において両者の違いを丁寧に考えていく必要があると思います。
柔道は生きるか死ぬかの戦いを起源とした「武道」であったのに、複雑なルールによって競技性ばかりが先行してしまっていいのか。一方で、柔道が国際的に広がっていくためには世界中の人から見て平等であることが求められるのではないか。そうした葛藤のもと様々な書物を読んでいますが、その度に難しさを感じます。ルールの平等性やガッツポーズの是非などが問題になりますが、それらを根本的に解決するには柔道そのものを捉え直すことが不可欠です。

辻:剣道や空手、相撲などの競技が国際化するかどうか瀬戸際の段階ですが、柔道は先に国際化しオリンピック競技になった分、考えることは多いだろうなと思います。では、井上監督が日本代表選手に向けて伝えている、柔道の本質、そこに臨む心構えはどのようなものですか。

井上:「最強かつ最高」という理念を代表では掲げています。もちろん代表の選手は結果という面で頂点をとることが求められ、どんな相手にも勝てる「最強」の選手を育てるのが私自身の使命です。ただ、柔道というのはその他の目的を持った競技であるため、武道を通して人間的に成長し社会に貢献するという「最高」を求めていく必要もあると考えています。

安西:そこはスポーツとの共通点ですね。武道やスポーツを通して人間的に成長し、社会へ新たな価値を生んでいくというのが究極の存在意義だと思います。

井上:選手にも指導者にもまだまだ未熟な部分はあって、理念とは違う方向に進んでしまう場面もあります。ただ、チームとして理念やあるべき姿を掲げることの意義は大きいと思いますし、「最高」を追い求める中で実際に選手の成長も感じています。

前編_3人

内面のエネルギーを大切にするということ

辻:具体的に、代表選手にはどのようなことを伝えているんですか。

井上:まず初めの段階として、自分に誇りを持つようにと伝えます。日本代表の選手たちは、これまで様々なことを犠牲にしながら努力を重ねてきた。自分自身のみならず、多くの人の力も借りて成長してきた個々人です。国際大会での結果が出るかに関わらず、日本代表になるまでのプロセスを自ら誇れる人間になってほしいと思っています。
試合に負けて落ち込んだり悔しがるといった感情は、個人の価値観ですからもちろん尊重します。ただ、そこにある柔道自体は素晴らしいものであるはずです。日本中から注目されて期待される代表の選手であっても、周りからの目線だけで自分を語るのではなく、まずは自分自身を確立させ、自信を持ってほしいですね。

辻:スポーツの過度な結果至上主義は、「負けてしまってすみませんでした」というコメントのような他者への良くない依存を生んでしまいます。だからこそ「誇り」という内なる概念は大切ですね。そもそも、武道や茶道をはじめとした「道」というものが、自分自身を内観する文化的な営みそのものではないかと思います。

井上:誇りにつながる内的なものとして、「好き」という感情があると思います。
私は小さい頃から柔道をやっていましたが、高校に入った時に指導の方法が180度転換したんですね。それまでの「与えられた」柔道が「自分で生み出す」柔道へ一気に変わりました。そこから自分自身と向き合う中で、「柔道が好き」という思いをより強く認識するようになりました。

安西:ラクロスを新しく始めた大学生でも同じことが起こります。コーチである自分が選手に「君はどういうプレーがしたいの。どうなりたいの」と聞くと、「そんな指導の仕方は高校までのスポーツで聞いたことがない」と戸惑われることが多いです。
自分の中に軸足を置くことで生まれる「好き」や「楽しい」という感情は、競技の結果のように他者との関係性に影響されない、まさに内面にあるものですよね。

井上:経験としては、失敗や挫折といったネガティブなものでも良いと思います。自分は選手として金メダルも取りましたが、東海大時代の恩師である山下先生*には敵わないなという思いが常にありました。今現在も変わらない絶対的な目標です。同時に、山下先生と自分との違いを考えることで、自分がやりたい柔道をしていくんだと思えました。

*山下 泰裕:全日本柔道連盟会長・日本オリンピック委員会会長。
現役時代に全日本選手権9連覇を達成し、「日本柔道界最強の男」と称された。

辻:「好き」という感情は人間の内発的な原動力として最も強いもので、その価値はとても大きいですが、学校教育や社会の中で忘れられがちです。武道やスポーツにおける、「自分が好きなこの競技で勝ちたい」というエネルギーは、人間の持つ最大級のものだと思います。仕事しながら「本気でやっています」と言いきれる人は多くないですもんね。

安西:自分が最も楽しめる状態で熱中することが、最終的な結果も生みますね。スポーツチームにしても企業にしても、個人単位でも、楽しんでいる人たちが一番強いです。源となるエネルギーの量、思考や行動の質が絶対に上がっていきます。

井上:内発的に動いていくことは、その人の能力をどれだけ伸ばせるかに大きく関わっています。現在は東京五輪など先が見通せない状況ですが、代表選手の多くは、今できる練習や意識を着実に積み上げています。内発的に自立して進んでいける選手を育成しようとしてきましたから、その成果は感じますね。

前編_辻先生

内側と外側のバランスが成功と成熟を生む

辻:話としては、内外のバランスを保つということになると思います。
自分という内側と、他者という外側。過程という内にあるものと、結果という外にあるもの。両者をどの割合で考えるかが、より良いパフォーマンスのために重要になってきます。

井上:柔道の国際化が話題に挙がりますが、代表監督としてまずは「日本柔道の特徴は何か」「柔道は日本でどのように生まれたか」といった問いを立てる必要があると考えています。それによって、日本と世界という構図における日本人の強みや弱みが見えてくるはずですし、「誇り」も自然と生まれてきます。

辻:なるほど。この対談でやっていることでもありますが、スポーツとその外側にある社会についてもバランスは必要ですね。スポーツは社会から見てどのような存在なのか。この例であれば、競技の内側にとらわれ過ぎずもっと視野を広げた方が良い人が多いですね。

安西:チームや個人の戦略という面でも、内外の両面を整理することは欠かせないと思います。上手くいってない原因は自分たちの内側にあるのか、それとも自分たちを取り巻く環境の変化にあるのか。その思考をしないと、結果もついてこないですよね。

辻:結果を出すという「成功」のためにも、過程と結果から何を得るかという「成熟」の意味でも、バランス感覚は非常に大切になりますね。

▼第7回対談の後編はこちら。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。

プロフィール

井上康生(いのうえ こうせい)
柔道男子日本代表監督・東海大学体育学部武道学科教授
1978年宮崎県生まれ。現日本オリンピック委員会会長の山下泰裕氏を師と仰ぎ、東海大相模高校から東海大学へ進学した。2000年のシドニー五輪100kg級で金メダルを獲得。
2012年の代表監督就任後はそれまでの指導方法の見直しに着手。監督として初めて臨んだリオ五輪において、男子日本代表を52年ぶりとなる全階級メダル獲得に導いた。
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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