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「『ママ』アスリート」という言葉への違和感。母として、アスリートとして、女性として、荒木絵里香が語る「スポーツの価値」とは。:『スポーツの価値再考』#005【後編】

2020年、『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく全10回の対談。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第5回の対談相手は、バレーボール女子日本代表の主将を務める荒木絵里香さん。結婚、出産を経て8年ぶりに日本代表キャプテンを務める荒木さんは、女性アスリートのライフステージについて何を考えるのか。第5回対談の完結編です。

※この記事は、2020年9月20日、Instagramを通じてライブ配信された対談を文章化したものです。

「支えてもらうキャプテン」に。素直に生きるための「自己存在感」

辻:荒木さんは2008年に初めて代表入りして、2012年のロンドンオリンピックでは主将を務め28年ぶりとなるメダルを獲得されていますが、その時のことはやはり印象に残っていますか。

荒木:メダルを獲得した瞬間は本当に最高でした。そして、そこに至るまでの道のりもとても充実していました。
当初メダル獲得を目標にしたとき、正直なところみんなイメージが湧かなかったんですね。でも、*眞鍋監督のもとチーム全体で成功体験を積み重ねていって、「絶対にメダルを獲得できる!」と確信できるようになりました。 チーム全員でその思いを共有できて、メダルを実際に獲得するまで走り抜くことができました。

*眞鍋政義(まなべ まさよし):前バレーボール全日本女子代表監督(2008~2016)。「IDバレー」を掲げ、ロンドン五輪、リオ五輪で指揮を執った。

安西:チームとして最高の状態ですね。

辻:『スラムダンク』の湘北高校を見ているようです。まさに理想的なチームの状態。荒木さん自身は苦しんだりすることはなかったですか。

荒木:キャプテンとしての責任については悩む時間が長かったですね。キャプテンとして何をしたら良いのか、どうあるべきかが分からず、しばらくは悶々と考えていました。

辻:キャプテンとしてあるべき姿に唯一解はなくて、自分でたどり着かなくちゃいけないから難しいよね。でも最終的に何かしらの信念に行き着いたと思うんだけど、それを言葉にするとどんな感じでしょう。

荒木:とにかく人を頼ることにしました。最初のうちは、いわゆるカリスマのようなキャプテン像を目指してみましたが、やってみてこれは無理だと。だから最終的にはチームメイトを頼りました。当時は自分より経験の多い選手もいたので、「私はどうしたら良いか」直接聞くようにして、そうするとみなさん親身に教えてくださるんですね。これは年上の方へだけでなく、年下の選手たちにも「教えて」と素直に聞くようにしました

辻:荒木さんは話を聞けば聞くほど本当に素直な方だと感じます。荒木さんのような華々しい経歴があると、普通は後輩を頼ろうとしたときにプライドが邪魔をして、つい虚勢を張ってしまう。荒木さんは、素直でいる心と、かといって弱気なわけではなく自信も持ち合わせている。これには何かきっかけがあったのでしょうか。

荒木:両親のおかげかもしれません。両親は昔から、試合に勝ったから、負けたからどう、といったことではなく、スポーツに取り組む私を常に見守りながら、純粋に応援してくれました。

安西:荒木さんのご両親は、子どもを他人と比較するといったことをされないように感じました。普通の親御さんは「あの人には勝ちなさい」みたいに、他者と比較するようなことを無意識に言ってしまいがちですが、荒木さんのご両親にはそれがなかったんだろうなと。

辻:「素直に生きる」ということの根底には、「自己存在感」があると考えています。成功体験の多さではなく、自分という存在を無条件に認められてきた生き方をしている人は、根底に「自己存在感」を持っているから他人と比較したり気張る必要がないんですね

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「ママ」になったからこそ加速した、アスリートとしての成長速度

辻:キャプテンとして戦ったロンドンオリンピックが終わった後、ご結婚をされていますよね。結婚に伴って葛藤などはありませんでしたか?

荒木:たくさんありました。「これから先バレーボール選手としてどうなりたいのか」「1人の女性としてどう生きていくのか」「またオリンピックに挑戦するか」「海外リーグに再挑戦するか」、選択肢がたくさんあって、とても悩みましたね。夫には「子どもを産んでから復帰すればいいじゃん」と言われて。

安西:簡単に言ってくれるなという感じですよね笑

荒木:はい笑。でも、イタリアでのチームメイトが母として生活しながらバレーボール選手として活躍していたのを間近で見ていて、すごくすごく悩みもしたのでやることに決めました。

辻:悩んだ「から」やることにしたのは面白いですね。

荒木:すごく悩む時って、結局はやりたいんですよね。やりたいけどそれに伴う障壁が不安だから悩んでしまう。

安西:なるほど、たしかに!やりたくないことについては悩みませんもんね。

辻:お子さんが誕生されてから、「母」という役割も増えましたが、子育てにおいて大切にされていることはありますか?

荒木:私自身がバレーボールという夢中になれるものを見つけて、そこからたくさんのことを学ばせてもらったので、夢中になるものを見つけて、そこからたくさん学んでもらいたいと思っています。

辻:娘さんはバレーボールに夢中なママをどう思ってるんでしょうね。

荒木:「早くやめてくれ」と思っていますね笑

安西:バレーボールをやめてくれたらもっと自分と一緒にいてくれるのに、と感じているんでしょう。

荒木:最近は「どうやらママは本当にバレーボールが好きらしい」ということまでは分かってくれたようで、そんな娘の前でしんどい顔をして練習に行ったら、「どうしてそんな嫌なことのために私を置いていくの」って感じると思うので、娘の前では明るく出発するようにしています。

安西:荒木さんと話している中で感じたのですが、荒木さんは「バレーボール選手としての自分」と「母としての自分」を区別せず生きているなと。

荒木:そうかもしれません。全てが自分の人生の要素で、互いに繋がっている感覚はあります。結婚して妻になり、子どもが生まれて母になって、自分の人生を構成する要素が増えていくうちに、スイッチを切り替えるのが上手くなった実感もあります

昔はバレーボールで失敗するとプライベートでもずっと落ち込んでいたのですが、今は家に帰ると娘がいて落ち込んでいる暇が無く、すぐに切り替えられます。要素が増えたおかげで、かえって一つひとつへの集中力を高めることができたかもしれません

辻:「質」を大切にしている人は、「量」で勝負しないで済みます。人生の構成要素が増えて、一つひとつにかける時間が減っても、質を高めれば良いので。
結局、「荒木絵里香」という1人の人間が人生をプレイしているので、バレーボールはバレーボール、子育ては子育て、と分かれているわけではないんですよね。

安西:一つひとつに集中できる環境を小さい頃は親とか周りの人が整えてくれましたが、大人になると自分で環境を作る必要があって、荒木さんは環境作りを自然にできているんだろうなと感じました。

辻:この対談も終わりが近づいてきましたが、東京オリンピックについてはどうお考えでしょう。

荒木:延期になったことで難しい部分もありますが、今できること、やるべきことは明確にあるので、それを日々しっかりやっていこうと思っています。
代表チームにおいては8年ぶりにキャプテンになりました。前回と異なり、自分よりも経験のある先輩がいないんですね。前回とはメンバーの構成や自分の立ち位置も変わっているので、今の自分にできるキャプテンシーを発揮したいと思います。

結婚、出産、復帰。ライフステージを進み続ける荒木絵里香が語る、「スポーツの価値」とは。

辻:では最後に2つ質問させてください。女性には女性特有のライフステージがありますよね。妊娠、出産など。荒木さんがそういったライフステージの変化についてどう捉えているか、日本の女性アスリートに向けて伝えていただきたいです。

荒木:世間ではよく「ママアスリート」と言われますが、「パパアスリート」とは言わないですよね。「ママ」だからと特別扱いされることが無い社会になれば、と望むこともありますが、残念ながら現状は違います。今後女性のライフステージの選択がもっと尊重される社会になれば、アスリートに限らず、様々な職の女性がいろんなことに挑戦しやすくなるのではないかと思います。

そういった未来を作るため、女性のアスリートは「自分がどうありたいのか」を前提として持つことが大切だと思います。そういった信念を持つと周りの人たちも協力してくれるようになると思います。

辻:なるほど。では最後に、荒木さんにとって「スポーツの価値」とはなんでしょうか。

荒木:コロナ禍において、初めて「スポーツの価値」について考えるようになりました。
練習も大会もなくなった社会において、今すぐにではないかもしれないけれど、スポーツ選手としての自分が必要とされる瞬間がきっとくると思っています。
その瞬間のため、今何ができるのかを考え、行動していくことが大切だと考えました
最近はアスリートとして、また母親としての発信の機会が増えました。私の姿を見て、こういう母親がいても良いんだ、こういう家庭があっても良いんだと感じてもらって、「あの人がこんな生き方をしているのだから自分もやってみよう」と挑戦する人々の後押しになれば、私は幸せです

辻:生き方には無数のスタイルがあるんだと、スポーツを通じて伝えていきたいですね。

▼第5回対談の前編はこちらからご覧ください。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。

プロフィール

荒木絵里香(あらき えりか)
1984年岡山県生まれ。高校時代に高校三冠を達成後、東レアローズへ入団。2008年の北京オリンピックから4大会連続で代表入りし、2012年のロンドンオリンピックでは主将として28年ぶりのメダル獲得に貢献。結婚、出産というライフステージを進みつつ、バレーボーラーとしても第一線で活躍し続けており、女性アスリートとして多数のメディアに出演している。
・HP:バレーボーラー荒木絵里香オフィシャルウェブチャンネル
・Instagram:@erika_araki_official
・Twitter:@erichina11
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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