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バスケ界のレジェンド・折茂武彦が北海道の地で気付いた「プロとしての価値」:『スポーツの価値再考』#004【前編】

2020年、『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく全10回の対談。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第4回の対談相手は、今年5月に現役を引退した男子バスケットボール界のレジェンド折茂武彦さん。北海道への移籍、新チーム創設の背景にあった信念を語っていただきました。選手兼代表として地域密着のプロチームをつくりあげた折茂さんが考える、「プロ選手、プロチームの価値」とは。

プロ選手の価値は「人を呼べること」

安西:折茂さん、日本ラクロス協会理事の安西渉と申します。
「スポーツの価値」について様々な角度から考えているこのプロジェクトですが、今回は主に「スポーツとコミュニティ」というテーマでお話しできたらと思っています。

辻:そうですね。まずは、北海道へ移籍し、その後に自らチームを創設された経緯について改めてお聞きしたいです。

折茂:日本の男子バスケットボールは、ずっと企業スポーツとして発展してきたんですね。自分自身、トヨタ自動車のチームで2007年までプレーしていました。そこでは文字通り「試合で勝つことがすべて」です。そのために環境が整えられるし、選手も次々補強される。そうしたなかで、自分がこのまま企業スポーツとしてのバスケットをやり続けるのは、日本バスケ界のためにベストな選択なのかということを次第に考えるようになりました。
そのタイミングで、以前から関わりのあった*東野が北海道の新しいチームでヘッドコーチに就くことになり、東野から熱心に勧誘されたのを覚えていますね。

*東野智弥:レラカムイ北海道初代ヘッドコーチ(2007年〜10年)。トヨタ自動車アルバルクでアシスタントコーチとして同学年の折茂氏を指導。男子日本代表アシスタントコーチも歴任し、現在は日本バスケットボール協会技術委員長を務める。

折茂:当時の企業チームにおいて選手は「契約選手」という社員と同じ立場で、実際にはバスケットだけをやっているのに「プロ選手」ではなかったんですね。だから、プロ選手になってみたい、プロチームの世界を知ってから引退するのは自分にとってプラスになりそうだな、という思いもあり移籍を決めました。

辻:移籍前は企業チームのなかでもトップクラスのチーム環境でプレーしていたと思いますが、北海道での新しい環境への不安はありませんでしたか?

折茂:不安はもちろんありましたし、初めは環境の違いに驚きました。自分で家を探さなければいけないし、練習は廃校になった学校の体育館でやる。トレーナーが練習にいない日もある。移籍前は何から何までチームに守ってもらえたので、そのギャップは大きかったです。ただ、そこで「環境が厳しいからやめる」という考えはまったく無かったです。

安西:バスケット人生の中で初めて経験されるようなことばかりだったんですね。そのなかで、最も印象的だった変化はどんなことでしたか?

折茂:チームとして取り組むバスケット以外のイベントが多いのが一番新鮮でした。地域のイベントに参加したり、街頭に立ってビラを配ったり。トヨタ時代にはまったくやってこなかったことで、はじめは面倒だったし、自分は日本代表なのになぜこんなことをするんだろうと思っていました。
ただ、リーグが開幕してからその意味が分かったんですよね。ホーム開幕戦の日、会場が満員になっているのを見てまず驚きましたし、「ホームがあること」のありがたさを実感しました。それ以前には経験したことがないほどの応援だったので。
そして、これがプロとしての価値なんだと納得した記憶があります。やはりプロ選手は、「人が求める数」つまりは「お客さんを呼べる価値」を持っていないといけなくて、そのためにはバスケットが上手いだけではだめなんですよね。

辻:なるほど。それは「プロ」というものを考える際のとても大切な考え方ですね。ですが、若い選手ではそこを納得するのはなかなか難しい気もします。

折茂:そうですね。発足当初は、若手の選手に説得をして我慢してもらったり、会社へチーム環境の改善をお願いしたり、ということもやっていました。「環境は変えられないから、バスケットができれば十分じゃないか」という、トヨタ時代には考えられないような言葉も自分から出てくるようになりましたね。

地域密着の先駆け。レバンガ北海道を支えるコミュニティの強さ

安西:「プロ選手とプロチームの価値はお客さんを呼べること」というお話のなかで、地域のコミュニティについてはどう考えていますか?

折茂:レバンガ北海道は、北海道のコミュニティに根付いていなければ絶対に成功していなかったと思います。自分たちで街に広報をしにいき続けた結果、今も発展途上ではありますが、ようやく地元の方から応援してもらえるようになってきました。

安西:なるほど。レバンガ北海道を中心としたコミュニティは、もともとバスケットボールが好きなファンはいるとして、そこからどのように広がっていったんですか?

折茂:既にバスケットに興味をもっているコアなファンの方々は、新しいファンが観戦に来るきっかけになると考えていました。過去のデータを調べても、初めて来場する人の動機として最も多いのは友人から誘われることなんです。誘われて一度来てみて「楽しかった、また行きたい」となればファンが増えていくという仕組みです。

辻:ビジネスとして合理的な分析をされているんですね。その過程において、北海道ならではのコミュニティの特徴はありましたか?

折茂:思いに共感してくれる人が本当に多いです。地域としての一体感はあると思います。2010年代に経営難に陥り、自分自身の貯金まで尽きるという状況を経験したんですが、その時も北海道の方々に助けられました。「北海道のために」という言葉が自然と出てくるのは本当にすごいし、ありがたいなと思います。その時に、これからも北海道でやり続けることを決めました。

辻:たしかに、本拠地は札幌ですが「北海道のチーム」という印象はありますね。

折茂:チーム名も、レバンガ「北海道」なんですね。主催試合の大半は札幌で行いますが、その分オフシーズンには旭川、釧路、函館といった都市に行ってイベントを開催します。自分たちから行かないとファンにはなってもらえませんからね。道民のみなさんから応援されることは大きな目標です。

安西:コミュニティへ呼びかけるという部分は、まさに日本のラクロス界にも共通した部分があると思っています。今年行ったクラウドファンディングでは、「ラクロスの未来をつなごう」というコンセプトのもと全国のラクロス経験者の方々へ支援の呼びかけをしました。大きすぎないスポーツコミュニティだからこそできたことで、競技人口の多いスポーツだったらクラウドファンディングは成功しなかったと思います。
ですから、プロチームとしても「どういう単位、切り口でコミュニティにアプローチするのか」というのは非常に重要な要素になってきますね。

折茂:その通りです。ラクロスの話もとても興味深いですね。どの範囲の人に呼びかけるのかに関しては、正解は無いと思います。実際に千葉ジェッツは、船橋市を中心にすごく人気が出ました。ただ、北海道の場合は札幌に絞ることはしたくないと思ったんですよね。

辻:結果、日本バスケ界における地域性のあるチームの先駆けとなったんですね。

勝ち負けよりも、「感動を与えること」

辻:チームや会社、さらには北海道のコミュニティ全体で共有している理念やビジョンはあるんですか?

折茂:まず、社員にも選手にも理念は絶対に必要だと考えています。特に私たちは、「思い」に共感してくれる方々に支えられているチームなので。
最初に伝えたのは「感動を与えて、世の中の人たちを笑顔にする」ということでした。試合の勝敗に関わらず、最後の最後まで全力でプレーすれば感動を生むことはできるんですよ。同じ試合は一つもないのだから、お客さんが会場にいらしたその日に楽しんでいただけるのが一番大切、という考えです。

安西:なるほど、プロ選手の仕事が「お客さんを呼ぶことだ」という話に通じますね。感動を与えることができれば、たとえ負けたとしてもまた観に来てもらえる。だから勝敗を度外視するという訳ではないけれど、勝敗も感動を与えるための一つの要素と割り切っているんですね。

辻:そうした理念があると、地域の人たちとのイベントでも選手は手を抜かず頑張ることになりますね。

折茂:そうです。選手もそういった部分を含めて評価するので、プレーが上手ければいいということにはなりません。レバンガは来年10年目を迎えますが、決して多く勝っているチームではないんです。それでもホームゲームの観客動員数は毎年Bリーグ1部の18チーム中3位か4位です。こんなチームは他には無いと思います。

安西:プロチームとして一つの理想の形ですね。何が一番の要因だと考えていますか?

折茂:アリーナに足を運んでくれる方々は、バスケットが好きな人、チームの広報の仕掛けによって来てくれる人といろいろですが、「北海道のチームを応援したい」という思いをもった人もかなり多いんです。野球とサッカーの場合は、現在北海道に本拠地をもつチームが北海道の外から移転してきていますが、レバンガは北海道で生まれている。だからこそ、「何かしてあげたい」という思いがあるんじゃないかと思います。

▼第4回対談の後編はこちらからご覧ください。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。

プロフィール

折茂武彦(おりも たけひこ)
1970年埼玉県生まれ。大学卒業後トヨタ自動車で15年間にわたりプレーし、男子日本代表でも数々の国際大会で活躍した。2007年、レラカムイ北海道の創設時に北海道へ移籍。2011年にはチーム運営会社の撤退を受け、自ら新チーム・レバンガ北海道を設立し、国内プロ競技では前例の少ない選手兼代表に就任した。2020年5月に現役を引退、以降は代表取締役社長としてチーム経営に専念する。日本出身選手初の国内トップリーグ通算10,000得点、Bリーグ・オールスターゲーム最年長MVPなど数々の記録をもつ。
・Instagram:@takehiko_orimo
・Twitter:@orimo9
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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