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ラグビーが廣瀬俊朗に教えてくれた、 「幸せに生きる」ためのライフスキルとリーダーシップ:『スポーツの価値再考』#002【後編】

2020年夏、『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく全10回の対談。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第2回の対談相手は、元ラグビー日本代表キャプテン・廣瀬俊朗さん。「ライフスキル」にフォーカスした前編に続き、後編では、自分の外にある世界との関わり方、現代社会、そしてその中で生まれるスポーツの価値について、幅広い話題に話が及びました。

怒りよりも強い、「ワクワク」というエネルギー

辻:これからの時代、コロナ禍やデジタル化、環境問題も含めて、廣瀬さんの視点から見ると、地球全体についてどんなことを考えていますか?

廣瀬:すごく世界が分断されていて、そこへの恐れは感じます。人はもっと絆のようなものを欲している気がしていて、だからこそスポーツが大事かなと。スクラムユニゾンのイベントも、One Rugbyを始めることも、世界から分断がなくなり、平和になることに役立つと信じてやっています。

辻:廣瀬さんにとって大きなテーマは絆とか平和、という印象がありますけれど、社会の不条理に対する怒りのようなものが原動力になることはあるんですか?廣瀬さんって滅多に怒らなくて、いつも穏やかじゃないですか。

安西:「ノーサイドゲーム」のドラマ中に怒るシーンがありましたよね。

廣瀬:あれは困りましたね、演じるのが難しくて笑。ただ、「正義感のある怒り」だと説明されて納得しました。
根底には、怒りで進んでいっても仕方ないという思いがあります。怒るのは想像するだけでしんどそうですよね。小さい頃から、喧嘩とか争いごとは好きじゃなかったですね。スポーツはもちろん好きでしたけど。

辻:自分の正義とか信条に反する振る舞いをする人と向き合わなければいけないとき、廣瀬さんならどうしますか?

廣瀬:自分の見た言動を氷山の一角として捉えるように考えてはいます。その人の全体を見て向き合わないといけないから、海の下にあるものが見たいなと思いますね。

辻:他の人の内側にある経験や体験、考え、感情に目を向けられず決めつけてしまう人は多いですね。自分の内側にあるものを見つめられなければ、本当の意味で他人を見つめることもできないんだろうね。そこは、「なりたい自分」に向き合うということに繋がりますね。

安西:廣瀬さんは本当に穏やかな方だなと、お会いして驚いています。ラグビーをやっていて、何か理不尽なことがあって辛くても、腹を立てたりはしませんでしたか?

廣瀬:腹が立っている時はあると思いますよ。腹は立つけれど、上手く消化しています。

辻:それでいてエネルギーも高いですよね。普通の人は怒りのようなものでしかエネルギーを得られなくて、ライバルや相手っていう対象がないと頑張れないことが多いけれど、廣瀬の場合は根本のエネルギーは何ですか?

廣瀬:ワクワクとか、おもしろいことをしたい、っていうものだと思いますね。

辻:なるほど。自分のなかで「ご機嫌」の価値がすごく高いんですね。ご機嫌を失うのはあらゆるものの損失につながる、ということが体に染み込んでいそうです。

安西:辻先生がよくおっしゃっている、「スポーツは社会の縮図だ」という言葉を廣瀬さんは体現されてますよね。スポーツってコントロールできないことがたくさんあるけれど、勝つためにはそこから逃げられないじゃないですか。嫌なこと、コントロールできないことにきちんと向き合って乗り越えていくという部分が、社会の縮図として最も機能しているかなと思います。
人生は、軸もなくフラフラ生きようと思えばいくらでも道を変えて逃げることができます。ただ、スポーツは道を変えられない。だからこそ、先ほど話が出た「自分が好きで選んだからやりきる」という考えも出てくるのかなとお聞きしていて思いました。

これからは「人について学ぶ」教育が必要になる

辻:廣瀬さんとはDi-Spoの活動を一緒にやっているけど、そこに関連して、子育てや教育に関してはどんなことを考えていますか?

廣瀬:教える人がいて、その人だけが答えを持っているという構造には違和感がありますね。子どもの発想っておもしろいから、そこも見てあげてほしいと思います。父としても、なるべくフラットに見るというのは気を付けていますね。「なに考えているの」とか「どうしたいの」っていうところです。

安西:僕もその「フラットさ」は大事だなと思います。人間って立場が違うことを前提にすると、「自分はこうしなきゃいけない」みたいな発想になるんですよね、「こうしたい」ではなく。

辻:子ども扱いしない、っていうのは考えることがありますね。相手が小学生の娘であっても「僕はこう思うけど君はどう思うの?」って聞く。ひたすら厳しくすればいいわけでもなく、ひたすら大事にすればいいわけでもない。人格としてのフラットさが大事だよね。

廣瀬:教育について言うと、Di-Spoのやっているような「ライフスキル」、あとは「お金の仕組み」や「メディアリテラシー」というのは時代的にみんなが使うものですから、義務教育で教えたらいいんじゃないかって思いますね。

辻:最近は「人リテラシー」が低い場合が多いですよね。人の仕組みを理解できていないから事故が起きてしまう。「人」「お金」「メディア」はずっと付き合っていくからそこの教育は大事ですね。

安西:自分の父親の話になるんですが、父はギリシャ古典学の学者で、ホメロスとかソクラテスといった分野を専門にしていました。父がずっと僕に言っていたのが、「世の中のことを知りたかったら、歴史を勉強しなさい。人間の本質は2000年間変わっていないんだよ」ということで。人を信じるか信じないかという問題も、お金の問題も、おそらく古代ギリシャ時代から変わっていない永遠のテーマなんだろうなって思います。

辻:今は歴史もただ事実を覚える勉強になっているけれど、本来歴史という学問は人を学んだり自分を知ったりするためのものだからね。もっと実学として学べるようにしたいよね。

安西

目に見えない価値をお金にリンクさせる

安西:では今日初めから聞きたかったことの一つについて。今現在、競技人口が野球やサッカーの数百分の一であるラクロスが、競技人口100万人になる日が来るかといったらおそらく来ないと思うんです。だからこそラクロスは独自のブランディングをつくっていかなきゃいけなくて、それが「先進的である」ということだと思っています。ラクロスを始める人の多くが、大学に入る時にそれまでやっていたスポーツをやめてまったく新しいスポーツを選んでいるため、変化と挑戦を好む人が多いんです。そこにいる人たちが先進的であること自体がラクロスの価値であって、こうした魅力を広げていきたいなと考えています。
ラグビーの場合は歴史が長くて伝統もあり、ラクロスとは事情が異なると思っています。2015年と2019年のW杯を終え、今後日本のラグビーがどう進んでいくのか、どんなビジョンをお持ちですか?

廣瀬:現状では少し重たいスポーツですよね、ラグビーは。企業に支えられてきたという側面はありますが、もう少しフロンティア精神が欲しいなとは思います。いま自分がやっている活動の周りにはそういうモチベーションをもった人がいますから、それを少しずつ広げていくというイメージはあります。

辻:「自分にできることをやる」「現場から少しずつ変えていく」というのが廣瀬さんのフィロソフィーですよね。では、最終的なものとしてはどんな理想を描いていますか?

廣瀬:ラグビーは仲間内では結束が強い競技ですけれど、最初のハードルが高い気がしていて、それを下げたいとは思っています。One Rugbyやスクラムユニゾンの活動を通じて、ラグビーへの一歩目をつくりたいなと。
ビジネス・お金との絡みについても思うことはあって、去年のW杯を観て日本の多くの方が感動したじゃないですか。それを上手くお金に変えられていないなと。良い仕組みをつくれば、もっとお金が入ってきて、選手や子どもたちに使えますよね。

安西:ラグビーの門戸を広げるという意味で、ドラマもその一環ですよね。
お金の話についていうと、最近は世界全体としてその方向に進んでいますよね。これは100円、これは1000円というように一定の値段がつけられない体験が増えている。今年の4月にラクロス協会が打ち出したクラウドファンディングも、まさにそれですね。「ラクロスの未来を守る」という目的に共感し、取り組みの一端を担う、その体験と権利にお金を払っているわけです。この傾向はさらに加速していく気がしています。

辻:今は目に見えないものの価値が上がってきているから、そういった非認知的なものを、どうやってお金や資本主義といった認知的な概念とリンクさせるか、という過渡期ですね。無形なものの価値の受け皿となる仕組みはまだ発達していない気がします。

安西:スポーツの感動とお金の世界を両方認識して、自由に行ったり来たりできる人がいると素敵なんでしょうね。

辻:コロナを経験して、「スポーツがないと何か満たされないな」と感じた人はいると思います。「元気・感動・仲間・成長」といった無形のものこそが、人間のQOLのもとになる、価値あるものだという考えが広まるかもしれません。

辻廣瀬

スポーツの価値は「人生に喜怒哀楽を与えてくれること」

辻:最後に、「スポーツの価値」というものをどう考えますか。

廣瀬:人生を、自分の内的なものを豊かにしてくれるということですかね。スポーツが無くても生きていける気はします。けれども、喜怒哀楽のもとになるものですし、人生の深みを生み出すものです。
「スポーツを通して、勝ったりできることが増えたりしたら楽しい。負けたら悔しい。観戦していてもワクワク、感動する」という部分ですね。喜怒哀楽を感じることが、豊かな人生なんだと僕は思います。絵を見たり音楽を聴いても感動しますけれど、それとスポーツはまた違いますよね。スポーツならではのものは何なんでしょうね。

安西:ラグビーは、普通に考えたら痛くて怖いことなんだけど、そこに果敢に挑んでいるという魅力が大きい気がしています。たとえば小柄な選手が大きな選手にぶつかっていく瞬間や、自分の体を犠牲にしてボールを守るプレーは特にすごいなと思います。

辻:2019年のW杯のとき、「日本が勝った」だけではない様々なことが皆さんの印象に残っていましたよね。日本のチームに限らず、他国のチームの様子、ラグビーという競技のあり方、そういったものから豊かさを直球に伝えてくれた大会だった気がします。

廣瀬:たしかに多様性を感じた場面は多かったですよね。「なぜ外国人のファンが君が代を歌ってくれているんだろう」と考えた人もいたと思います。
あとはラグビーには「絆」を体現するような特徴もあります。ボールを繋いでいくプレー、誰一人欠けてはいけない、という競技性が起因していると思います。

辻:まさにOne Teamというような、絆によって生まれる感覚は日本人が好きなところでしたね。

安西:様々な角度から「スポーツだからこその感動」を考えることができた気がしています。スポーツの価値は感情を豊かにしてくれること、深みのある人生をもたらしてくれること。本当にその通りだと思いました。
廣瀬さん、ありがとうございました。


▼第2回対談の前編はこちらよりご覧ください。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら

プロフィール

廣瀬俊朗(ひろせ としあき)
元ラグビー日本代表
1981年大阪府生まれ。北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレーした。2007年に日本代表へ初招集され、2012年からは名将エディー・ジョーンズHCのもとキャプテンを務めた。
2016年の現役引退後はラグビー選手会の設立や、スクラムユニゾンOne Rugbyの活動を通して、日本におけるラグビーとスポーツの発展に貢献している。2019年からは、Di-Spo Labの活動を通して辻秀一氏とともに「ライフスキル教育」にも取り組む。著書に「何のために勝つのか。(ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論)」など。
Twitter:@toshiaki1017
Instagram:@toshiakihirose
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。著書に「スラムダンク勝利学」「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009 


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