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世界征服やめました

 ここは現実の世界であるが、SNSで発信した自分自身への評価が、そのまま自分の人生の豊かさに直結するとされている世界。更に自分への評価が可視化されている世界である。
 東京都内の喫茶店。小洒落た雰囲気で、メディアには大きく取り上げられてない、いわゆる穴場。中央前と上手、下手それぞれに椅子とテーブルのセットがあり、上手は店の入口に続いている。
 明転。中央の椅子に相沢が腰掛けている。テーブルにはコーヒーカップと、この店のメニュー。手に携帯を持っており、SNSを操作している。

相沢 へえ。原口のやつ、ももクロのライブいってんじゃん!いいなあ。

 相沢、投稿を高評価する。評価がつけられ「ポチっ」という効果音。

相沢 うわあ。上野公園の桜満開じゃん!井澤、羨ましいなあ。

 相沢、投稿を高評価する。それ表す効果音。

相沢 えっ!?森先輩、結婚したの!?えっと、おめでとうございます、っと……。

 相沢、投稿を高評価する。それを表す効果音。上手から柿田が現れる。手にはコーヒーとケーキのセットを乗せたお盆。下手の椅子に座り、そのケーキセットを写真に撮る。次いで自分を入れて自撮り、など、様々な角度から写真を撮っている。

相沢 さて、俺のはどうなってるかな……。

 相沢、携帯を凝視し、スクロールする。

相沢 えー!ダメじゃん!全然いいねされてない!

 相沢、ジャケットの内側を覗く。内側には、ハートのシール(あるいは付箋)が一枚ついていた。柿田、相沢の独り言を気にしている。

相沢 せっかくいい感じの喫茶店見つけたのになあ……。

 柿田が相沢に近寄る。

柿田 まだまだ甘いわね。

相沢 え、何ですか?
柿田 ちょっと見せてよ。
相沢 え、あ、はあ……。

 相沢、携帯を操作し柿田に携帯を渡す。見つめる柿田、しばらくして、

柿田 全然ダメね。こんなのでバズろうと思ってたの?
相沢 バズる?
柿田 そんなことも知らないの!?世間の注目の的になることよ。
相沢 えっと、僕のどこがダメなんですか?
柿田 まず写真がダメね。コーヒーの写真だけだったら誰でも撮れるし、地味だわ。
相沢 シンプルでかっこいいかなって思って。
柿田 こういうのはこの店ならではのプレミアムというか、こう、有名なものと一緒に投稿しないと。だから私、この店の手づくりケーキも一緒に注文したのよ。……本当は甘いもの嫌いなんだけど。
相沢 なるほど……。
柿田 あとはもう、ここは都内なのに自然たっぷりだし、雰囲気もおしゃれなんだから、お店の外観を撮った写真と一緒に投稿しないと。でないと、「あっ、羨ましいー!」とか、「私も行ってみたーい!」って思われないじゃない。
相沢 あ、あなた何者なんですか?

 柿田、勝ち誇ったように、

柿田 こういうものよ。

 柿田、コートの両内側を見せる。そこには大量のハートのシールが貼られている。相沢、その光景に「ぐわぁ!」と驚き倒れ込む。

相沢 す、すごいです!あなた、フォロワーは何人くらいなんですか?
柿田 3,000人くらいかな。
相沢 ぐわぁ!
柿田 私の投稿なんてすぐリポストされるんだから。あぁ、通知が止まらないわ〜。
相沢 あなた、有名人なんですか?
柿田 そんなわけないじゃない。ただのOLよ。
相沢 教えてください!どうやったらそんなに…

 上手から佐藤が現れる。コーヒーカップを載せたお盆を持ちながら、上手の椅子に座り、お盆をテーブルに置く。

柿田 他の人の真似をすればいいじゃない。あ、もちろん誰かの投稿をそのまま引用するのはダメよ。ま、私と同じタイミングでこの店を見つけたのは褒めてあげるわ。

 柿田の携帯から通知を表す効果音。

柿田 あ、またいいねされた。
相沢 あー!この店のツイート、僕が先にしたんですよ!?もうそんなにいいねされてずるいじゃないですか!?
柿田 そんなの知らないわよ。先に話題になった方が正義なのよ。
相沢 そんなの、既にいるフォロワーの人が反応したからじゃないですか!
柿田 だったらフォロワーを増やせばいいじゃない。
相沢 それができないから……
佐藤 あの……。

 二人、佐藤の方を振り向く。

佐藤 もう少し、静かにしてもらえませんか?
相沢 あ、すみません……。
柿田 (立ち上がって)さて、そろそろ行こうかな。もう撮れるもんは撮れたし。
相沢 え、ケーキ、食べないんですか?
柿田 だから私、甘いもの苦手なのよ。これは見栄えをよくするために買っただけ。
相沢 もったいなくないですか?
柿田 別に私のお金で買ったから私の勝手じゃない! 何か文句あるの?
佐藤 あの、
柿田 何よ?
佐藤 それは、ここのお店の人が可哀想だと思います。せっかく手作りしたケーキなのに。あ、ごめんなさい、差し出がましいことを……。
相沢 いえ、そんなことは……。

 柿田、溜息をつきながら椅子に座り、

柿田 あなた達さ、わかってるよね?今の時代、どういう人が充実した人生を送っているのか。
佐藤 なんですか?
相沢 (携帯を取り出し)これですよ、これ!

 相沢、ジャケットの内側も見せる。しかし、ハートの少なさに気づき、すぐ戻す。

柿田 Xとか、インスタグラムとか、フェイスブックとか。今はSNSによって、自分自身が、いつでも、どこでも発信できる時代なの。そこで多くの評価を得た人間はっ!

柿田、コートの内側を勢いよく開く。

柿田 豊かな人生と言えるのよ。
相沢 ぐわぁ!(倒れ込む)
佐藤 どうしてですか?
二人 えっ?
佐藤 どうして、そこでの評価が、充実した人生になるんですか?
相沢 だって自慢とか、努力した結果って、他人に羨ましがられたり、褒められたりするじゃないですか。それって嬉しくないですか?他人に認められた気がして。
柿田 たくさんの人にいいねをされると、これほど気持ち良いことはないわね。ああ、私生きてる!って感じがして!
佐藤 ごめんなさい、私にはちょっとよく分からないです。
柿田 あなた、SNSやってないの?
佐藤 あ、はい。携帯は持ってるんですけど…。

 佐藤、携帯を取り出す。折りたたみ式の携帯である。

相沢 今どきガラケーですか!?珍しいですね。
柿田 遅れてるわね。
佐藤 いえ、私にはこれで充分なので……。
柿田 分からない人には分からなくていいわ。可哀想だけど。

 柿田、立ち上がり去ろうとする。

相沢 (慌てて)あああ、あの、フォロワー増やすにはどうしたら、
柿田 いいねしてくれそうな人、適当にフォローしまくればいいじゃない。
相沢 いや、でも……、
佐藤 あの、
柿田 何?
佐藤 私、ケーキ屋でアルバイトしていて。だから、ケーキが食べられずに廃棄されるなんて、もったいないと思うんです。作った人の気持ちまで捨ててるようで……。もちろん、お口に合わないなら、そっかぁ、とも思うんですけど、だか
らせめて一口食べてから……。
柿田 なによあなた!しつこいわね。
佐藤 すみません。でも、ケーキを食べないことと、人生が豊かになることって、全然違うんじゃないかなって……。

 間。
 突然、頭を抱える相沢。

相沢 あ〜〜!僕だって飲めないんだよコーヒー!
二人 えっ?
相沢 本当はコーヒーだって苦手だし、ましてやブラックなんて無理するんじゃなかった〜!
佐藤 じゃあ、なんで無理したんですか!?
相沢 人によく見られたいからだよ! 周りの人が、当たり前のようにしているから!
佐藤 みんながよく見られたいと思ってるわけじゃ……。

 相沢、うつむいて、

相沢 無理だよ……。
佐藤 え?
相沢 今は世の中のニュースから身近な人の噂話まで、簡単にチェックできるようになった。知りたくもない他人のプライベートまで覗き見できるようになった。するといよいよ、自分と比べちゃうんだよ。ああなりたい、こう思われたいっていうのが、どうしても出てきちゃうんだ。そうなるとまた、誰かと比べられちゃうってのに。
柿田 別に私は誰かと競い合っているつもりはないけど。でも、いろんな人にシェアされて、いいねされて、フォロワーはだいたい3,000人!人気だって人脈だってあるから、あなたたちと比べると充実した人生と言えるわね。
佐藤 そうなんですか?
柿田 はぁ?
佐藤 私、そんな世界なんて知りませんから、あなたの人生の価値はわかりません。たしかに、自分を良く見せることは、大事かもしれません。でも、普段の自分を、良いっていってもらえた方が嬉しいんじゃないですか?
柿田 でも……。
佐藤 私、他人のために自分に嘘をつかなきゃいけないのなら、そんな世界嫌です。(自分の携帯を取り出し)最低限のコミュニケーションができる、この世界の方が好きです。

間。

佐藤 (慌てて)あ、すみません!また私、余計なことを……。
柿田 いえ、別に……。

 佐藤、そそくさと自分の席に戻る。
 立ち尽くす相沢と柿田。

柿田 あなたさ。
相沢 え、僕ですか?
柿田 友達とか、いる?
相沢 え? まあ、はい。大学の同期とか……。
柿田 そう……。ありがと。

 柿田、静かに席に戻る。相沢も元の席に座る。
 柿田、何か考えながら不意にフォークを手に取り、ケーキを食べる。思わず顔が緩む。
 その間、相沢はジャケットの内側からハートのシールを取り、軽く握り潰す。
 相沢、手を上げ店員を呼ぶ仕草。

相沢 すみませーん。ミルクとガムシロップもらえますかー?

 場は徐々に暗くなり、暗転。

(了)

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