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短編小説たち

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#小説

スニッフ ─スナッフ番外─

スニッフ ─スナッフ番外─

 パパが出ていったあとの母の機嫌は最悪で、そういうとき必ず彼女は、息子である彼に煙草を買ってくるよう命ずる。猫撫で声で懇願するときもあれば冷徹な将校のように告げることもあって、どちらにせよ彼が難色を示した途端表情を一変させ、金切り声で同じ内容を叫ぶのである。
 その日の彼女は将校で、子どもは煙草を買うことができないのだ、と彼が拙いながらも丁寧に説明した瞬間激昂し、いいからとっととこれで買えるだけ買

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【短編小説】喝采

【短編小説】喝采

 拍手の音が聞こえる気がする。ひとりで階段脇の受付に座っていると、ときおり踊り場のほうから、ぱらぱら、というか、がらがら、とでもいおうか、そんな音がする。はっきりと、ああ、これは拍手だ、そう確信できるわけではないけれど、なにかに例えるならそれがいちばん近いように思えて、誰か来たのかと階段へ身を乗り出し見上げてみても、たいていそこに人影はない。足音にしてはずいぶんと大きく、なにかを落としたにしては軽

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【短編】治五郎のこと

【短編】治五郎のこと

 治五郎という名は、伯父から見て曽祖父にあたる人物から取ったものであるらしい。ずいぶん色気のない名前だと思い訊ねたら、誇らしげにそう言った。なんでも当時はここいら一帯の庄屋であったらしく、ずいぶん手荒な真似をしながら自分は巻き上げた金で悠々自適に暮らしていたらしい。現在の一族の基盤も、その治五郎翁が築いたものが元手になっているそうで、伯父が定職にもつかずぶらぶら遊び暮らしていられるのも治五郎翁のお

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