イギリスで出会った不思議なおばあちゃん5
本日の写真はロンドンの花屋さんの店先のお花。
このお店の近くには月に一度訪れていて、毎回店先のアレンジを見るのが楽しみでした。
今回のお話のひとつ前はこちら→イギリスで出会った不思議なおばあちゃん4
このおばあちゃんBは、渡英してすぐの頃に出会い、その後私が帰国するまで、家族のように共に過ごした人です。
Bの家で、日本人のお姉さんTさんと一緒に占いをしてもらったり、占いを見せてもらって、
その話の流れで、私は知っている知識を話し、その後にBから古い教えの書かれた本を見せてもらいました。
もちろん全て英語で簡単には読めない、でも知っている挿絵があり、これに関する本は日本語でも読んだ事があるから!という思いから
「私、これ知っている」と言いました。
「これって、こういう事なんでしょ?」と後から口を継いで出てきます。
やめとけばいいのに。。。。。
そうしたら、Bの顔色が変わりました。少し怒っているようにも見えます。
「あなたはこれを”知っている”と言っていたけど、何を知っていると言うの?」
「これは、知っているというものではなく、人が人生をかけて、学び実践するものであり、知識で知っている、という事ではない」
Bが私に話してくれたのは、その古い教えを私が知っているというのは危険な事で、それは個々の人々がその教えを活用し、人生に取り入れ学び、そして実践し、人生を豊かにするものであるから、
知っている、としてそれを片付けてしまい、自分で体感した経験以外のことで頭でっかちになってしまうと、その本質が見えなくなってしまう、という事でした。
それはもう、、恥ずかしかったです。
自分もよく分かっていない事を、知っているふりして、本で読んだ事を自分の言葉以外で伝えようとして、挙句にそれが全然的を得ていなかったんだろうし。。
もちろん、本で読んだ事は自分の知識として自分の中に入っている。
でも、古くから多くの人がそこにたどり着くために学び、実践し、そして書き留めた事を、私は気安く「知っている」なんていうべきではなかった。
それを私は知らないし、経験もしていない。
ただ、自分のちっぽけなプライドのために、そう言ってしまった。
反省しました。それはもう。
ただ、これは自分の悪い癖なので、今でも時々出てきます。
続く
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