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【創作エッセイ】アイドルになれたら㉓

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


届け、私の本心。


帰ってすぐにパソコンを起動し、ビートから打ち込んでいく。やはり自分は仕事をしていないと死んでしまうようだ。

テンポは緩め、シンセは無し。できるだけシンプルにするために現存する音色で構成した結果、バラード調のサウンドが出来上がった。

続いてノートを広げ、歌詞を書いていく。いつもなら体裁を整えようと言葉を選びまくっているが、このときばかりは何も気にせず、本当にただただ書きたいように書いていた。思っていることを吐き出した。これがチャリさんの言う「自分の心の声に従う」ということなのかもしれない。

そうして作り上げたタイトルは『am 3:21』。この曲のアレンジまで全部完了した時間だ。

『あなたは知らない 私の思いを
 きっと知り得ない この苦しみを
 行く当てのない 気持ちだけが空回り

 どこにいるの 会いたいよ
 会えたらきっと 抱きしめてね
 何でも話せた あの頃のように

 ただあなたの側で 歌いたいの
 今はまだ震えた声だけど
 誰よりも届けたい思いがあるの

 終止符を打てない私を許して
 この雨が上がったら
 誰よりも先に会いに行くから』

誰に宛てて書いた歌詞か、勘のいい人はわかるはず。伝えたいのに伝えられなかった悔しさ、もどかしさが、みぞおちの辺りをぐるぐると圧迫してよっぽど気持ち悪かったのだろう。今一番気がかりなことを吐き出せた気がした。

うゆ「……あとはこうするだけか」

書き出しの終わった画面を見つつ、自分の心の声に従うようにPOPAPIPIを開いた。


@うゆ
『am 3:21』

それだけ入力し、音声ファイルを投稿した。
すると間もなく、スキボタンの数が急速に上がっていった。こんなド深夜に誰が見てるもんかと高を括っていたが、自分の想像以上に夜更かしWeBelieveが多いらしい。

「新曲ですか?!」
「何かのスポ??」
「うゆちゃん起きてたの?!」

期待に満ちたコメントが次から次へと送られてくる。反応してくれるのはありがたいことだが、中には勘のいいコメントもある。

「今まで聞いたことない雰囲気の歌詞…」
「なんか切ない…」
「何かあったの??心配」

念のために別のSNSアプリ(エゴサ用)を開くと、タイムラインには衝撃を隠しきれないWeBelieveの投稿が無数に流れてきた。その中には「病んでるんじゃないか」とか「死なないよね…?」といった心配のコメントも寄せられていた。自分の気持ちに従ったことで、返ってWeBelieveには誤解を与えてしまったようだ。

正直想像以上の混乱を招いて、自分でも申し訳なく感じた。10分で1万以上のスキが集まり、コメントの通知カウンターも止まるところを知らない。

なんだか怖くなり、結局そのままスマホの電源を落として風呂場に駆け込んだ。


午前11時、飲み物とパソコンを持って作業室に向かった。スマホの電源は、切ったっきり入れていない。
会社で社員さんと廊下ですれ違う度、何やら気を遣われているような気がしてならなかった。マーケティング部の部長には「甘いもの食べて元気出して」と言われ大量のドーナツを持たされ、事務の女性社員からはユメロが広告をしているビタミン剤のボトルをこっそり渡された。その他にも様々な方面から送られてきたギフティングの紙袋をいただいた。

思わぬ荷物を抱えてよたよたしていると、少し離れた場所から足音が聞こえた。

ルイ「うゆ」

声がして振り返ると、少しばつが悪そうな様子のルイが立っていた。ラフなTシャツにワイドなジーンズを合わせたY2Kファッションで、少し伸びた髪は後ろでハーフアップにしている。

うゆ「…お疲れ」

ルイ「運ぶの大変でしょ、手伝うよ」

うゆ「ありがと…」

話しかけるなと言われていただけにかなり気まずく、作業室までのたった10mが異様に長く感じた。ルイも同じだったようで、しばらく沈黙が続いた。

部屋に入り荷物を置くと、ルイが先に沈黙を破った。

ルイ「夜中に投稿してたあれ、聴いたよ。……あのとき、あんな態度とってごめん」

予想外に謝られ、一瞬意味がわからなくなった。喧嘩しても絶対に最初には折れないことで(グループ内では)有名なのに。あの歌詞の意図が伝わったことにも驚きだが、ルイがこんなに慎重に話すことも珍しく、なんだか更に気まずい。

うゆ「…まあ、誤解させるような行動をとった私も悪かったよ。ああなって当然だとは思ってる」

素直に認めるのも苦しくて、少し渋ったような口調になってしまう。これだけで和解になるのは嫌だ、という自分の気持ちがにじみ出ている気がする。

ルイ「…あのときのこと、詳しく聞いていい?」

うゆ「…ちょっと長くなるけど」

そう言って、ジヒョンとは他愛のない話をしていただけだったこと、お互いを励ます意味でハグをしたこと、目撃したタイミングが悪すぎたことを全て話した。追加で、あのときに貰ったお餅はジヒョンからで、彼の叔母の店のものだったこと、私はひとつも食べられずに終わったという話もした。

全て言い終えたあとにルイを見ると、狐につままれたようにぽかーんとした顔をしていた。それがあまりにも間抜けで、少し面白かった。

ルイ「…マジで誤解しかしてなかったってことじゃん…ごめん」

うゆ「そうだよ、マジで…笑」

かなりショックな様子で、あまりのおかしさに笑いを我慢するのが大変だった。ひとしきり笑った後、涙目になっているルイを落ち着かせて向き直った。

うゆ「これからはちゃんと相手の言い分を聞くように意識してこ。WeBelieveよりも先に、お互いを信じられる関係じゃなきゃね」

ルイ「そうだね、気をつけるわ」

そう言って指切りげんまんを交わし、無事に和解した。


その後は、部長からいただいたドーナツを2人で食べながらSHOUT OUT TVのパフォーマンス映像を振り返ったりした。

ルイ「ところで、例の音源は会社通したの?」

うゆ「いや、無断で上げちゃった...」

そう言うと、ルイがいつもの明るい笑顔で笑った。

ルイ「いつも慎重派なのに珍しいじゃん笑 殻、破っちゃったね」

うゆ「ルイのせいだからね」

ルイ「はいはい、早とちりしてごめんって笑」

そうやってまた2人で笑い合えた。日常が、再び私たちにもとに戻ってきた。


『am 3:21』をアップしてから3日が経過した。ワンコーラスのみの動画はWeBelieveの間で大好評を博し、ついにはネットニュースにもなっていたそうだ。

当の私は、相変わらず意図的にPOPAPIPIを離れていた。何故なら、書き込まれる称賛を真に受けてはいけない気がしたから。
会社からは事前の確認を通さなかったことについて軽く説教されたが、結果的にはユーザー数を増やすきっかけとなったと褒められた。

この日は午後からミーティングルームで個別面談だった。着席して開口一番に社長が放ったのは、まさにあの内容だった。

社長「あの曲を今度のアルバムに入れないか?これだけ話題になってるんだから、売上も期待できるぞ」

期待の眼差しで提案してくる社長を横目に、すっかり失意中の私は何も言葉を発することができない。
できればあの曲は、もう二度と歌いたくない。あの曲は、いわば醜い自分を凝縮した作品だから。

うゆ「今回のアルバムのコンセプトにはそぐわないかと」

社長「そんなことないだろう。だってテーマは”絆”なんだから」

うゆ「でも…」

この曲の歌詞は、自分が弱りに弱ったが故に振り切ったもの。身近な人にさえ自分の気持ちを正直に伝えることの難しさを吐き出したもの。そして何より、これはジヒョンとの1件があってこそ出来たもの。そんな私情にまみれた曲にお金を払ってもらうなんて言語道断だ。でも、それさえも言い出せなかった。

何も言えずにうつむいていると、隣に座っていたマネージャーが手を握ってくれた。

マネージャー「私はわかってますよ。うゆさんがこの曲を作った経緯も、無断でアップした理由も」

うゆ「え…」

彼女は韓国スケジュールに同行してくれたあのマネージャーだ。でも彼女にはジヒョンとのことを一切伝えていないし、悟られるような行動もとっていない。SHOUT OUT TVの日も、私やルイより先に会社に戻ったはずだ。

マネージャー「女が女の涙に気づかないわけがないじゃないですか」

そう言って優しく微笑む彼女に呆気にとられる。
どうやらバレていたようだった。あの朝の目の腫れも、ジヒョンへの思いも。

マネージャー「うゆさんが書きたい曲を書いてください。これがイチWeBelieveである私の願いです」

そう告げる彼女の瞳には、SIX-NANALYのラベンダーシャドウが繊細に煌めていた。今まで見たことないくらいに美しく輝くオーロララメを含んでいて、思わず見惚れてしまう。
感動的な美しさに、蓋をしていた創作意欲が溢れて出した。

うゆ「…24時間ください。もっと良い曲をたくさん書いてくるので」

無意識のうちに口から言葉がこぼれていた。それを聞いた社長は、少し考え込んだ後にこう言った。

社長「…わかった。じゃあ明日ここでまたミーティングしよう」


自室に戻り、寝る支度を済ませてスマホを開くと、通知が1件入っていた。

うゆ「あれ、チャリオンニだ…」

約1週間ぶりの連絡で何の気なしにメッセージを開くと、思ってもみない知らせが飛び込んできた。

チャリ「〔うゆ!来週韓国来れない?〕」



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

「SIX-NANALLY」(シックスナナリ)
メイクアップアーティスト出身の人気ビューティークリエイター・チャリがプロデュースするコスメブランド。第六感(勘・インスピレーションなど、鋭く物事の本質をつかむ心の働き)を信じて、自由に遊ぶように(날라리:遊び人、のように)メイクを楽しんでほしいという意味が込められている。透明感のあるパッケージと上品でアンニュイな色使い、ラメやパールの配合にこだわりを感じられるとコスメオタクの間でも絶大な人気を集めている。

交流プラットフォーム「POPAPIPI」(ポパピピ)
アーティストとファンがチャットを使って交流できるアプリ。
双方の投稿にコメントできるほか、ライブ配信やラジオ配信、アルバム封入のコードを読み込んだ特典の閲覧などもできる。
参加アーティスト数は60を超え、ユーザー数は500万を突破した。

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