【創作エッセイ】アイドルになれたら⑤
※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。
奇跡って、本当に奇跡なんだよね。
目まぐるしい初日を乗り越え、いよいよスチール撮影の日。メイクショップを経由して現場入りすると、先に到着していたジヒョンが笑顔でこちらに歩いてきた。
ジヒョン「はじめまして、U-MELLODのジヒョンです。よろしくお願いします。」
うゆ「はじめまして、WellBeeのうゆです。こちらこそよろしくお願いします。」
日本から来た私を気遣ってくれたのか、日本語で挨拶をしてくれた。
毎週欠かさず日本語のレッスンを受けて勉強しているらしい彼の発音は、まるでネイティブのように綺麗だ。以前から知ってはいたけれど、今この瞬間は私だけに向けて日本語を発してくれていることが未だ信じ難い。
ジヒョン「うゆさん、本名ですか?」
うゆ「はい。父の友人に韓国の方がいらっしゃって、その方がつけてくださったんです」
ジヒョン「そうなんですか!どうりで珍しい名前だと思いました!」
本当にびっくりしたであろう表情をするジヒョンに、少し緊張が解けた。
〔〕:韓国語
うゆ「〔あの、実は少し韓国語話せます〕」
そう言うと、ジヒョンは更に目を丸くした。
ジヒョン「〔そうなんですか?!〕」
うゆ「〔はい(笑)〕」
ジヒョン「〔じゃあご自身の名前の意味もご存知ですか?〕」
うゆ「〔はい、牛乳ですよね(笑)〕」
ジヒョン「〔きっと肌が白くて綺麗だからそう名付けられたのかもしれませんね〕」
ドキッとする言葉をかけられ、動揺する。
落ち着け自分。社交辞令に決まってるでしょ。それに、肌は治療とメイクのおかげもあるし…。こっちが下手なことしてジヒョンのファンだってことがバレたらマズい。
うゆ「えっと…」
ジヒョン「あ…日本語の方がよかったですか?」
うゆ「〔あ、いえ!気を遣わせてしまってすみません!〕」
やっぱりダメだ、推しの前では安定した情緒が保てない。きっと変な人って思われた。
やっぱりジヒョンはスターなんだな、完全に虜にされたもん。
悔しい。私もジヒョンやスタッフさんたちを虜にしたい。負けたくない。
スタッフ「〔ジヒョンさんから撮影始めまーす!〕」
ジヒョン「〔よろしくお願いします!〕」
白いスーツに身を包んだ彼は、新作のスキンケアアイテムを手に次々とポーズを決めていく。一切の動作に無駄が無く、踊るように滑らかで美しい。
目が合うと、柔らかく微笑んでくれた。
悔しいけれど、彼のファンである以上は一挙手一投足が愛おしくなってしまう。公私混同にならないよう距離は置いているものの、実際の心情としては崇め奉りたい。
見惚れていたらあっという間にジヒョンの番が終わり、いよいよ私の単独撮影が始まった。
落ち着いていこう、ここにいる全員を虜にしてみせる。
意気込みはただそれだけだった。
今回のコンセプトのテーマがジューンブライド。ALLONEのスキンケアライン「Letter of Rose」で肌を綺麗にして幸せなひとときを過ごしてほしいというブランド側の密かな狙いがあるらしい。
身につけた白いミニドレスとまとめ髪、バラのエキスを配合した美容液に合わせた花束を持つ。愛する人と結ばれて幸せな気持ちを想像し、微笑みをつくる。
この場にいる全員の視線が集中する。これらの視線を1人たりとも逸らされてたまるかという気持ちになり、より一層気合が入った。
何度シャッターが切られただろうか。夢中でカメラを見つめていたら、カメラマンから終了の声かけがあった。
ジヒョン「お疲れ様でした。すごく綺麗に映ってましたね」
うゆ「ありがとうございます。ジヒョンさんも素敵でした」
ジヒョンの労いに、少し緊張がほぐれた。たとえ社交辞令でも、褒めてもらえたという事実は墓場まで持っていこうと決心した。
最後は2人での撮影。ジヒョンと私が白いバラを1本ずつ持ち、床に寝転ぶ。
お互いに逆方向を向いているため顔は見えないけれど、ジヒョンの談笑がすぐ近くで聞こえて緊張してしまう。
ジヒョン「うゆさん、楽しいですか?」
うゆ「は、はい」
ジヒョン「僕も楽しいです。うゆさんと一緒に撮影できて、幸せです」
また爆弾発言。一体ジヒョンは何を考えてるの…?本当は「私もジヒョンと疑似結婚できて幸せだよ!」と叫びたいが、そんな私情は絶対に隠しきらなければならない。
うゆ「わ、私もジヒョンさんと一緒でよかったです」
精一杯無難な返事を返すと、微かに安堵の笑い声が聞こえた。
ああ、こんなに薄い反応で申し訳ない。そしてどこまでも優しいジヒョンに頭が上がらなかった。
そして相変わらずミステリアスな彼の言動に、またどんどん夢中になっていく私であった。
全ての撮影が終わり、お礼の挨拶をして帰ろうとしたその時。
ジヒョン「あの、よかったら連絡先交換しませんか?」
なんとジヒョン自らの申し出があった。
驚きのあまり、暫し目をパチパチしてしまう。
ジヒョン「あ、ダメだったら全然大丈夫ですけど…」
うゆ「い、いえ!ジヒョンさんさえ良ければ!」
信じられない展開に、慌てて弁明する。
ジヒョンは本当に潔白で、これまでスキャンダルや女沙汰を一切聞いたことがない。姉妹もおらず、男子校出身のため女友達がいるとも聞いたことがない。
そんな彼が、デビューから6年経った今、何故私とこんなに距離を縮めてくれているんだろう。
疑問は渦巻きながらもチャットアプリの連絡先を交換し、お互いのSNSも教え合った。
うゆ「ありがとうございます。また連絡しますね」
ジヒョン「はい、僕も連絡しますね」
そう言ってはにかむジヒョンの表情は、表舞台では絶対に見せない可愛らしさがあった。
歳は1つしか違わないのに、どうしてこうも惹きつけられるんだろう。
うゆ「お疲れでした、お先に失礼します」
会釈をして出ていこうとしたそのとき、手首を掴まれた。
うゆ「えっ」
振り返ると、いつになく真剣な表情をしたジヒョンが口を開いた。
ジヒョン「気をつけて帰ってくださいね、何があるかわからないので」
なんだそんなことか…と拍子抜けしたが、彼なりの気遣いだろう。すぐに微笑んでみせる。
うゆ「お気遣いありがとうございます。ジヒョンさんもお気をつけて」
できるだけ自然に、本心を悟られないように。
彼の不安そうな顔を、見ないふりした。
今思えば、なんでこんなに素っ気ない対応だったんだろうかと猛省している。
スタジオを出てすぐ、2階分の階段が見えた。現地スタッフの誘導に続いて薄暗い廊下を進む。
うゆ「韓国の方々はよく階段で移動されるんですか?」
そんな他愛もなく中身もない会話をしながら階段を降りようとしたときだった。
スマホを握っていた左手に、突然何かを投げつけられた。
うゆ「痛っ!」
階段を転がっていったのはキンキンに冷えて固まった保冷剤。弾力や柔軟性は無く、ただの鋭利な凶器だった。
すぐさま後ろを振り向くと、黒いキャップを目深に被った女性が立っていた。
女「〔許さない…なんでこんなやつが…〕」
すぐにスタッフ数人によって捕らえられ、帽子を脱ぐよう命じられると激しく抵抗した。
うゆ「…まさか」
嫌な予感は的中した。強制的に帽子を脱がされると、大きな瞳と小麦肌、大量のそばかすが現れた。
うゆ「…インジョルミヨジョン(きなこもち妖精)」
ジヒョンのサセンだった。
かつてシウのサセンに加担したとされ、警察に書類送検されたオタク。有名なマスター(固定のアイドルの現場写真を撮ってネットにアップする人)だが、いわゆるガチ恋同担拒否勢で厄介。ジヒョンのスケジュールに合わせて全世界を飛び回っているそう。
インジョルミヨジョンというあだ名をつけたのもジヒョンだった。
かつて彼女がそばかすがコンプレックスだと言ったところ、きなこもちみたいで可愛いと言ってくれたそうだ。
すぐに現地スタッフと警備員が彼女を連行し、再びフロアに静けさが戻った。
スタッフ「うゆさん、怪我はありませんか?!」
うゆ「大丈夫です、ありがとうございます」
そう言って自分の手を見ると、当たった部分が少し赤くなっていた。
きっと彼女は先程の光景を全て見ていたのだろう。そして私のスマホにジヒョンの連絡先が入ったことを知ってて奪おうとしたのだろう。
うゆ「…こういうことだったんだ」
スマホを更に強く握りしめ、胸の前でしっかり固定して階段を降り、急いで車に乗り込んだ。
キャプション
「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。
「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。
交流プラットフォーム「POPAPIPI」(ポパピピ)
アーティストとファンがチャットを使って交流できるアプリ。
双方の投稿にコメントできるほか、ライブ配信やラジオ配信、アルバム封入のコードを読み込んだ特典の閲覧などもできる。
参加アーティスト数は60を超え、ユーザー数は500万を突破した。
「ALLONE」(オルワン)
自然派コスメブランド。バラから抽出して作られたスキンケアライン「Letters of Rose」が看板商品。
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