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【創作エッセイ】アイドルになれたら㉔

※作中に登場する団体や固有名詞等は、現実とは一切関係ありません。全て「うゆ」の夢をもとに書かれたフィクションです。


負けたくない。


チャリさんは突飛な人だ。来週いきなり韓国に来れるかなんて、そんなの私にもわからないのに。
けれど、気持ち的には「行きたい」で脳内が満場一致だ。明日マネージャーと社長に相談しなくては。そんな浮つく気持ちで眠りにつくことにした。


翌日は早起きして自室のパソコンに向かっていた。24時間の猶予をもらっているので、せめてあと3曲くらいはデモを作りたい。会社は8時にならないと開かないので、それまでの時間も無駄にしないように作業に没頭した。

朝6時半、突然インターホンが鳴った。モニターを見ると、レミが立っていた。
ドアを開けると、何やらドリンクのカップとパンが入った袋を持っているらしかった。

レミ「おはよ、差し入れだよ」

うゆ「ありがと…随分早いね?」

レミ「そりゃあ…隣からキーボードの音が聴こえてきたら目も覚めるよ」

そう言って部屋の窓を指差すので振り返ると、レミの部屋のバルコニーに近い窓が全開になっているのに気がついた。

うゆ「ヤバッ…気をつけます」

レミ「いいよ、頑張ってるもんね。これ、うゆが好きな抹茶ラテ」

うゆ「ありがとう…ちょうど糖分補給したかったとこだったの…」

本当にレミはよく気配りできる人だ。5人の中で誰よりもリーダーに適任だと思う。

レミ「…なんだかすっきりした顔してるね」

うゆ「そう見える?」

レミ「うん。なんか吹っ切れた感じ」

そう言ってにこにこ笑うレミを、なんだか不思議な気分で見ていた。

上がっていくかと提案したら、この後すぐに出発だからと言ってベーグルを5個もくれてそのまま出て行った。意外と周りの人の言動って予測できないものだと思った。


あれからしばらく経った「24時間後」、再びミーティングルームに集合した。マネージャーは別件でおらず、社長と自分だけだ。

結局1番だけのデモが6曲分仕上がり、この場で社長に全て聴いてジャッジしてもらうことになった。内心ドキドキしながらも、自信作を出したつもりなので穏やかな心で待つことができた。

社長「…」

しかしそんな期待とは裏腹に、社長は眉をひそめながらあれこれとリピート聴きし、渋い表情で顔を上げた。

社長「正直ね、あの曲を超えるものは無いよ」

返ってきた言葉は、あまりにも淡泊で残酷なものだった。それほどにあの曲が響いたのか、それとも話題性を採るためか、真意は社長のみぞ知るところだった。

うゆ「…あの曲を気に入られた理由って何ですか?」

社長「直感だよ」

いつもより冷たい返答に、背筋が凍るような気がした。直感って何?そんな適当な返答でこちらが納得できるとでも思うの?あまりにも無責任じゃない?
しかしそれが言えるはずもなかった。

うゆ「直感って…」

社長「あの曲をどうしても出したくないなら、なんで無断で投稿なんかしたんだ?」

口調から、明らかに不機嫌なのが感じ取れる。単純なはずの質問が、必要以上に心に重くのしかかった。

うゆ「ただ…新陳代謝のようなものだったんです。吐き出してしまいたかったんです」

そう言うしかなかった。それが本心でもあった。でもやっぱり、どこかで言い訳をしているような心苦しさは拭えない。

社長「それであんなに話題になるなら、WellBeeの命運は全て君の気分次第ということになってしまうよね」

こちらを追い詰めるような社長の口は止まらない。

確かにこれまでにも自分の境遇を歌詞にして好評だったこともあった。だからといってそれに固執するなんてこと、誰も望んでいない。私だって嫌だ。

うゆ「それは私も望んでいません」

絞り出すように言うのが精一杯だった。部屋に充満する重苦しい空気が、沈黙を恐怖に変えているようにさえ感じる。

社長「本当にそう言い切れるのか?」

うゆ「…どういう意味ですか?」

すると社長は、間髪入れずに言い放った。

社長「あんまり勝手な真似をするとグループにも会社にも迷惑がかかるのはわかるだろう、もう子供じゃあるまいし。自由に音楽をやりたいなら、もうWellBeeにいる必要はないんじゃないか?」

その瞬間、恐怖が怒りへと変わった。つまり今の私は社長の思惑を妨げるお荷物だと言いたいのか。WellBeeを作ったのは確かに社長だけど、曲は全て私が書いているし、SNS活動を通じてグループの基盤を作ったのはルイだ。レミ、カヤ、ヒヨだって制作や演出に携わってくれている。誰ひとり欠けられない、5人でWellBeeを作り上げてきた歴史は、社長が誰よりも近くで見てきたはずだ。

不信感が破裂しそうなほどに膨らんでいく。自分でも制御しきれないこの感情を、睨みに全て込めるだけで精一杯だった。全身が震え、社長の頬に一発お見舞いしてやりたい衝動に駆られた。

社長「とにかく、あの曲をアルバムに入れる方向で進めるでいいな?」

うゆ「嫌です」

考えるよりも先に言葉が出ていた。これ以上泳がせるわけにはいかないと身体が判断したのだろう。握り拳に力が入りすぎて爪が皮膚を圧迫していた。

うゆ「WellBeeの音楽は私が作ります。ジャッジするのはメンバーたちです。あの子たちは絶対に、目先の利益だけを追い求めて他人に辛い思いをさせるような人間じゃありません」

親を説得し、極小事務所だったデビュー前から共に歩んできた関係性が、たった一言のせいで崩れようとしている。目の前のおじさんが、ほんの一瞬でク〇オヤジに変わってしまったのだ。

うゆ「自分の思いどおりにいかないからといって、人の弱みにつけこんで脅すような社長の考え方はおかしいと思います」

せめて自分の発言を省みて、「悪かった」の一言くらい言ってくれてもいいのに。そうしたらこちらも和解への道を辿ろうと思ったのに。
それでも社長は一向に態度を変えようとする様子を見せなかった。

社長「やれやれ、おかしいのはどっちだろうね。デモがボツになったからってムキになる方がよっぽど目先の利益を気にしてると思うけど」

うゆ「こちらが嫌だと言っているのに強行突破しようとする社長の方がおかしいと思います。著作権を持っているのは私なので、出す出さないの判断に私の意見が反映されないなんてあり得ません」

語気が強いのは仕方がない。もう負けられないから。自分の居場所は自分で守らなきゃ。


その後も言い合いが続き、埒が明かないので一旦ミーティングは打ち切りとなった。社長はこの空気に嫌気がさしたのか、早急に部屋を出ようと資料をまとめている。
そこへ突然ドアノックが聞こえ、あのマネージャーが入ってきた。

マネージャー「突然すみません。うゆさん、来週急遽韓国スケジュールが入りました。本当は今朝通達があったのですが、朝礼に社長がいらっしゃらなかったのでお伝えするのが遅くなりました」

目を見開いた。

社長「…そうか、頑張ってきなさい」

それ以上、社長は何も言わなかった。
社長が出て行った後も、しばらくは目の前の空間を呆然と眺めることしかできなかった。



キャプション

「U-MELLOD」(ユーメロディ)
由来:「君(U)に向けて(-)音楽(MELLOD)を届ける」という意味を持つ5人組ボーイズグループ。
どんなコンセプトも消化するため、天才アイドル集団という異名を持つ。
ファンダム名は「U-HALMONY」(ユーハーモニー、通称ユハモニ)。
・ジュンホ:95年生まれ。長男。メインラッパー。
・シウ:98年生まれ。リードボーカル。
・ジョンソク:99年生まれ。リーダー。メインボーカル。
・ジヒョン:00年生まれ。メインダンサー。
・チャンミ:01年生まれ。サブラッパー、ビジュアル担当。愛称はローズ。

「WellBee」(ウェルビー)
由来:「音楽を通じて”自分らしい豊かな生き方”(=ウェルビーイング)を実現する」「全てをこなすオールラウンダー集団になる(doing WELL + BEcomE)」の意味が込められた5人組のガールズグループ。
現実に少しだけ幻想が混ざったような世界観を得意としており、ダイナミックなダンスと繊細かつ緩急の効いた歌声に定評がある。
ファンダム名は「WeBelieve」(ウィービリー)。
・レミ:99年生まれ。長女兼リーダー。ビジュアル担当。リードダンサー。
・うゆ:01年生まれ。WellBeeの音楽PD。リードボーカル。
・ルイ:02年生まれの01Line(早生まれ)。メインダンサー兼サブラッパー。
・カヤ:04年生まれの03Line(早生まれ)。メインラッパー。
・ヒヨ:04年生まれ。マンネ。メインボーカル。

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