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記事一覧

小説28「昔話」

会社の先輩にパチンコに誘われたので行くことにした。集合時間を尋ねると明日の朝7時ドンキホーテの駐車場で、とのこと。本気だ。私は十分な軍資金を準備して向かった。

当日、先輩の車に乗せてもらい、そのまま県外へと遠征した。その道中、いろんな話をした。昔の、おおらかだった頃の仕事の話。これまた昔の、おおらかだったパチンコの話。
「コイン図柄があってね、それで当たっても確変なんだけど、そのコイン図柄でよく

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小説27「説教」

何か有名らしい人に、ずっと説教を受けていた。私は人の頭くらいの大きさのフワフワしたパンをずっと食べていた。パンはいつまで経っても無くならないので、とても心強かった。

「その問題の原因どこにあると思う?」
彼は椅子に座りながら、私に言った。私はそれに対する明確な解決策を持ち合わせていた!しかし、それを口にすることができない。パンが口の中にあって、うまく話すことができないのだ。
彼は続ける。「わざわ

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小説26「読書」

今日は図書館に行く用事があった。そこで目に飛び込んできた一冊の本。それは僕が卒業論文でにらめっこした小説であった。なんとなく手に取ってみる。この何気ない行動が僕を大きく驚かせた!僕は、その小説なんか、もう二度と読みたくないと思っていたと、その時まで認識していたからだ。

僕が所属した文学研究室は、ゼミ生が2人しかおらず、ほとんど教授とのマンツーマンであった。教授は研究のことには大変ストイックで、僕

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小説25「帰省」

僕の両親は離婚している。母親とは顔を合わせることもあるが、父親とは疎遠である。久しぶりに帰省した折、そんな疎遠な父親と、ひょんなことから二人で食事に行くことになった。

現在少し遠くに住んでいる父は地下鉄でやってきた。実家の最寄り駅。父の見た目はあまり変わっていないように感じた。それよりも街の様子のほうがよっぽど変化しているように思われた。軽く挨拶を交わした後、並んで目的の居酒屋まで歩き始めた。

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小説23「結婚式」

初対面の人と話すことは、たいてい決まっている。自分の立場、つまり客観的な事柄なんかをツラツラ話す。年齢は~、仕事は~、出身大学は~、金太郎飴みたいなもんで、みんな同じに聞こえるし、それでいいのだと思う。自己紹介を交わす人々は、本気で相手のことを知りたいなんて思っていない。たぶん。

友人の結婚式の会場で、とある女性と出会った。彼女の自己紹介は非常に興味深いものだったから、よく覚えている。「ご歓談く

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小説22「散歩」

今日は自分に関する思考の偏りに気づき、少なからずショックを受けていた。僕は幸せについて考えていた。昔ポルノグラフィティにそんな曲があった。歌詞の中にあるような確信めいた結論には辿り着けなかったことを先に明記しておく。

僕は暗澹たるもの心に抱えていた。そのとき、僕のもとに、ふと「ああ、これは『檸檬』の冒頭とおんなじなんだな」という事実が降ってきた。三島由紀夫が認めた大天才梶井基次郎と通った部分があ

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小説21「喫煙所」

私が県庁からの出向で、教育委員会に派遣されたとき、よく喫煙所で顔を合わせる先生がいた。年の頃は50歳くらいの男性、小柄でストレートの白髪、どんぐりのような二重まぶたの目に、深く笑い皺が刻まれている。穏やかな語り口の先生で、私たちは喫煙所限定で、いつしか他愛もない話をするようになっていた。

「先生はよく煙草を吸われますね」
「たまたま君と周期が同じだけだよ」
「私より明らかに感覚が狭いと思いますよ

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小説20「原稿」

「今一枚の白紙をお配りいたしました。その紙に、将来なりたいもの、就きたい職業を書いてみてください。(少し間をとる)
みなさんは色々な職業を書いてくれたと思います。多くの方は高校、あるいは大学卒業後に「一直線に」その目標物へ向かっていく、というイメージをお持ちのようですが、それはあまり現実的ではないようです。
どうも各界で活躍している人々を見ると、学校卒業と同時に「一直線に」現在の立場になった方は稀

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小説19「悔恨」

一丁前に社会人きどってから、3年が経った夏のことだ。私は高校教師で、とある運動部の顧問をしていた。

私はそれまでの反省から「叱る」ことを覚えていた。それができないがために、生徒からなめられてしまうのだと分析したためである。「叱る」とは学校のルールに背いた生徒に対して、それを盾に高圧的な口調で詰問することである、と固く信じていた。これが全ての誤りだったのだが。

ある時部員の1人が校則違反を犯し、

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小説18「肝臓」

肝臓に「ビスタチン」という物質が溜まっていく。それはどんどん溜まっていく。僕はセミナーらしきものに参加していた。参加者は50人くらいいそうだ。講師が問いかける。
「我々は何歳まで現役でいられると思いますか?」
ある参加者が答える。
「60歳くらいですか?」
講師は首を横に振る。
「じゃあ、70歳?」
講師はまた首を横に。
「…80歳?」
講師はやれやれ、といったポーズをとって言った。
「生涯、生涯

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小説17「面接」

住所を辿ると、そこは小さな事務所であった。前日問い合わせた、採用の面接に来ていた。なんの会社かよく分からないけれど、応募要件に「ヘビが不得意でない方」と書かれていて、かろうじて条件に当てはまったのが、この会社だけだったから、私に選択の余地なんてなかった。

安っぽいインターホンを鳴らし、しばらく待っていると中に入るように言われた。その小さな部屋(安いワンルームマンションのような部屋だった)には大き

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小説16「悪寒」

ある川の橋の下で人間が燃え始めていた。その金切声を聞き、あれが女であるとわかった。火は次第に大きくなり、ついに彼女を包んだ。私は彼女が動かなくなるまでの時間を計ることにした。頭の中でカウントを始める。しかしうまく集中できない。こんな時に限って、不要不急の事柄がちょっかいを出してくる!私は今、人が燃えて、そして動かなくなるまでの時間を計っているのだ!邪魔をするな!強くそう念じてはみるものの、一向に奴

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小説15「縁日」

みんなで花火を見に行った。浴衣を着たりして、おめかしした。豚や牛がたくさんいる。人間もたくさんいる。ここは地球ではない星で、私たちはみんな、明日殺される家畜だった。

私は出店でいくつかのクレープとリンゴ飴を買った。ミシンは綿菓子とキャラクターのお面をいくつか買った。クモリは射的でキャラメルを3つと水鉄砲をふたつ当てた。3人でブルーハワイのカキ氷を食べた。明日死ぬ私たちにお金なんか必要なかった。

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小説14「地下鉄」

地下鉄はもう少し急がないと終電が出てしまう。小走りで改札を抜けて、階段を降りた。なんとか間に合いそうだった。市営地下鉄東山線藤が丘行きのホームで彼女が何か言いたそうにしている。彼女は少しまごまごしていた。何かを悩んでいた。電車はホームに入り、私は最終電車を見送っていた。地下鉄が轟音とともに走り去った。

「私の体は今左右対称ではない。手術するから、そのときに私と付き合って欲しい」と彼女は私に言った

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