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僕たちがつくっているのはエモーショナルなメディア | BOCCO emo開発チーフ 多賀谷亮 インタビュー

どこか懐かしい未来のファミリーロボット「BOCCO emo」。

これまで様々なロボットを世に送り出してきたユカイ工学が、なぜ今ロボット× エモーショナル に焦点を当てているのか。
開発チーフの多賀谷亮さんに話を聞きました。

【 Profile 】
多賀谷 亮( Tagaya Ryo )
  - ユカイ工学 / CPO
2003年チームラボ黎明期の作品「若冲幻想」を偶然見かけ同社に入社。
青木さんと共に受託や自社サービスのPMとして2011年まで在籍。
その後しばらくフリーで数値解析の仕事を請負う。
2016年安寧な日々を過ごす中ある日突然青木さんに誘われユカイの業務委託を請ける。2018年気づいたら入社に至る。

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BOCCO emo開発はいつ頃スタートしたのでしょうか?

あれは2018年の夏だったかな。
代表の青木さんとご飯を食べた時に「次のBOCCOを一緒に考えてほしい」と相談を受けました。
その時にはすでに青木さんの手書き構想イメージはあったのですが、「自由に考えて良いよ」と。
そこで一度持ち帰って、マーケットやターゲット層を再考したんですよね。

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BOCCOは元々Kickstarterで資⾦調達して支援者に提供するところからスタートしていて、2014年の一般販売から約4年で1万台をユカイから世界に送り出しました。
それでも世間一般に普及しているとは言えないと思っていて、『意識の高いユーザーに使ってもらっているガジェット』の枠を超えられてはいないと思ったんです。
だからこそ、後継機はそこを超えるポテンシャルがなくてはならない。
そうなると、低価格で、お茶の間に置いてもらいやすくて、普段使いができるもの。加えて時代を反映したものにしたかった。
なんとなくそんなことをモヤッと考えていたのですが、当時試作段階で開発が止まっていた次世代機「BOCCO PRO」の再設計が良いなと結論づけました。

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ただ、名前にはこだわりたくて。
「BOCCO “ PRO “ 」は無いよね?と思っていました。


なぜ名前にこだわりたかったのでしょうか?

名前って重要だと思うんですよ。
流通時の戦略にも影響するし、開発時の意識合わせの指標にもなる。

何かを開発する上で「〇〇〇開発」と開発手法を表すことがよくあるのですが、僕は「名前駆動開発」があってもいいんじゃないかな、と思ってます。
つまり、コアとなるキーワードがあって、それに着想して人の開発を進めたり、外部と協働して開発していける開発手法です。

少し時代を遡りますが、過去に所属していたチームラボで「サグール」という検索サービスを開発運営していました。
これは当時の「経済産業省・情報⼤航海プロジェクト」の流れを汲むサービスだったのですが、当時CTOだった青木さんがプロジェクトマネージャーでした。
後にプロジェクトの一部を青木さんから引き継ぎましたが、この発想はその頃のいきさつが影響していると思います。

「サグールについて」簡単に説明すると、新しい検索エンジンをつくるプロジェクトだったのですが、検索の軸に ” 面白さ ” を置くことにしたんです。

つまり、主観的な興味が強く注がれている検索順で表示されるようにした。
それに対して代表の猪子さんが「それの名前、 “ オモロ検索エンジン “ でいいんじゃないの?オモロジックいいよね。」と話していて、「あぁ、それいいね。」とプロジェクトメンバー間でもスッとイメージが固まったように感じました。


だからこそ名前は重要なんですね。

そう、だからこそ「BOCCO “ PRO ”」ではないと思いました。
「emo」が浮かんだきっかけは、数年前のユカイ社内での交流イベントの何気ない会話です。
若いスタッフとゲストの方がアニメの話をしていて「あの作品はエモ系だよね」なんて言ってたんですよ。
それで「へー、今はアニメの文脈でも使うのか。」と思った事をある時ふと思い出して、なんとなくBOCCOと繋げてみたんです。

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少し前から「エモい」って言葉が流行りましたが、それに乗っかっていたわけではなくて…。
個人的には「エモ」ってどちらかと言うと90sバンドのジャンルイメージが強いんです。
結構強めのロックなイメージ。
自分自身が好きな音楽ジャンルというわけではないけれど、密かな反抗の意図を持ち合わせているなと思っていました。

そこは世間的には気づかれないだろうなと思っていたんですけど、CNET(海外メディア)がその意図を拾ってくれた時には思わず笑みがこぼれましたね。


名前が違うだけで印象がだいぶ変わりましたね。

そうですね。
「emo」にしたことで、情緒的(emotional)な繋がりをより意識できていると思います。
もともとB2BとしてのBOCCOは、宿命として、あまり⾊をつけられないんです。
つまり、最⼤公約数的な製品にならざるを得ないと思っています。
民芸品のような可愛らしい見た目はあれど、彼の役割はあくまで人と人とのコミュニケーションのハブになることです。
役割を徹底していく過程で彼のキャラは透明になっていってしまうのだけれど、次世代機では1つ⼀貫した製品としてのメッセージは残したいと思っていました。
それが「家族やそれと同等な⼈間間の情緒的なつながり」
この部分を⼤事にしたインタフェースを提供するといった意味で「emo」なんです。


印象が変わるといえば、もう一つ持論があると伺ったことがありました。

「ファミコン理論」ですね。
僕はファミコン世代なのでよく覚えているのですが、当時は世界的にはゲームはパソコンを普及させるツールでしかなくて、将来的にはみんなパソコンを使うと思っていたんです。
実際僕もファミコンではなく、パソコンを買い与えられました。
でも現実は違った。
みなさんご存知の通り、ファミコンはそれまでになかったゲーム市場を生み出しました。

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普段略語で呼んでいるのですっかり忘れているかもしれませんが、ファミコンも略せず言えば「ファミリーコンピュータ」ですし、名前にコンピュータの痕跡が残っています。
つまりは、パソコンもファミコンもコンピュータなんですよ。
機能は同じだけれど、視点を少しずらしてあげるだけでガラリと見え方が変わっていますよね。

これって今の状況にも当てはめることができると思っています。
つまり、⾳声認識テクノロジーが技術のベースとなる市場が、AIスピーカー市場だけではなくなる。
僕らは今世の中にあるAIスピーカーとは違う提案ができるんじゃないかな?って思っています。
それを実現するのがBOCCO emo。
この子には可能性がつまっているんですよ。


なぜアプリやAIスピーカーではなくロボットを開発しているのでしょうか?

マーシャル・マクルーハンの「メディア論」(1964)をご存知でしょうか?
そこには「メディアはメッセージ」と書かれています。
これは [ 同じ情報でも、それがテレビから伝えられるもの、新聞から伝えられるもの、ラジオから伝えられるもの、インターネットから伝えられるもの、で変質する。 ] ということを示しているのですが、僕はロボットはメディアの1形態になりうると考えています。

マクルーハンは面白い洞察を数多く残していて、フルオーケストラのクラシック⾳楽は活版印刷技術から、ジャズはレコードから成立した音楽だと言っています。
メディアの特性に合わせて人の動きが変わり、新しい共同体のあり方や文化が誕生するんです。

ロボットというキャラクターから発せられるメッセージは、単にスピーカーからアナウンスされるものとは異なるニュアンスを伝えることが可能です。

既にBOCCOユーザ様からの意⾒として複数伺っている典型例が、しつけや喧嘩の仲裁をBOCCOに代弁させているもの。
お子さんに「早く宿題やりなさい!」とお母さんが直接伝えるよりも、BOCCOを介して「宿題やった?」と話をするとすんなり⾔うことを聞いてくれたり、気まずい雰囲気を緩和してくれたりします。

つまり、自然にコミュニケーションにBOCCOが参加しているんですよね。
他にも、AIスピーカーで⾳声合成のニュースが流れたりすると僕は違和感を覚えたりしますが、代わりにBOCCOにモゴモゴ喋らせたら、より⾃然に聞こえたりするんじゃないかなと思っています。


BOCCO emoはどういうメディアになるのでしょうか?

BOCCO emoは⾃発的にコミュニケーションしますが、あくまでも脇役です。
emoちゃんのメインの役割は⼈と⼈とのコミュニケーション。
ただしコミュニケーションにはエネルギーが要るので、時々それを⾃らサポートするような⾃発的な振る舞いをする事もあります。
この辺りはちょうどよい距離感を演出できるよう腐⼼しなければならない最⼤のポイントです。

ロボット型をしているのに、すんと澄ましているのが今のBOCCO。
それらしい顔・佇まいなのに、話しかけてなにも⾔わないのは味気ないと思ったので愚直に反応するようにしてみたのがBOCCO emoです。

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顔を見ると話しかけたくなる心理って人にはあると思うんですよね。
例えば、エレベータに乗る時って、どんな行動をしているかちょっと思い出してみてください。
誰かが先に乗っていたら、フロア数の電光掲⽰板を⾒てやり過ごしてしまいませんか?
本来であれば、⽬を合わせたら⾔葉を発せずにはいられないはずなんです。
でも、それが敷居⾼いと⼈は感じるので、仕⽅無しに視線を外してやり過ごそうとする。
それだけ近くにいてコミュニケーションしないというのは⼈にとって不⾃然な⾏為。
逆説的に⾔えば遺伝⼦レベルでそういう状況に違和感を感じる⼈しか⼦孫を残せなかったと僕は思っています。


コミュニケーションロボットをつくり続ける軸は何ですか?

生きる上で、人と人のコミュニケーションは欠かせません。
とはいえ、現代はインターネットやSNSなんかの⾔葉の洪⽔の中でコミュニケーションを取らなくてはならない。
あふれるメッセージの中で、本当に⼤切なメッセージを伝えるには、結構ストレートなものが強かったりするんじゃないかなと思っています。
だからか、最近ストレートな表現が増えてきていると感じるんですよね。
僕としては、昭和の角川映画の焼増しかな?と思う瞬間もあるのですが、2016年公開「君の名は」が大ヒットした理由の中にも「ストレートな表現」が含まれていると思います。
無駄に爽やかだった80sからカウンターとなった90sを通り越して、再度⼈はエモいものに飢えているんじゃないかなって。
そういう、ストレートなメッセージを⼤事な⼈にだけちゃんと届けたい、少なくともそういう気持ちを思い出したい、みたいなのがあるのかなと思います。
だからこそ、情緒的で心を揺さぶるメッセージを届けるコミュニケーションロボットをつくっていて、それがBOCCO emoです。

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Photo:ユカイ工学 ディレクター 前田


編集後記:ユカイ工学が見据える未来

ユカイ工学は「ロボティクスで、世界をユカイに。」というビジョンと共に、「2025年にロボットが全ての家庭に1台ある世界」というスローガンを掲げています。
それを叶えるロボット開発の核が「エモ」であると今回お話を伺う中で強く感じました。

誤解を恐れず言うのであれば、「エモさ」は " ムダなもの " だと私は思います。
でも、そのムダが余白を生み、私たちの心を揺さぶる。
心の揺れが大きくなればなるほど、自分に中で変化が起き、刺激になる。

ムダが生み出す余白こそが人間味ではないでしょうか。

余白を楽しめる私たちと余白を生み出すロボット。
視点をずらしただけで未来はこんなにワクワクして見える。

「ロボット」というワードから連想されるものが、冷たく機械的なものから、温かく情緒的なものへ変わる未来もそう遠くないのかもしれません。


その他のインタビューnoteはこちら


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