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受験エッセイ『付箋まみれの日々』 4.「散歩」
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受験勉強に臨む際、先生方から常々言われていたのが「自分に合ったストレス解消方法を見つけること」だった。
受験勉強はストレスが溜まるため、メンタル管理も志望校合格に向けた重要な要素だということだ。ただでさえ不安定な思春期のメンタルを「管理」しなければいけないなんて、先生方もなかなか難しいことを仰る。
色々と試した結果、私にとっては「散歩」が一番良いストレス解消法であった。思い返してみると、散歩は受験期の唯一の趣味となっていたし、私は散歩がけっこう好きだったのだと思う。
今回は、受験期の不安定な私のメンタルを支えてくれた「散歩」の思い出を残しておこうと思う。ついでに、道中で撮った大量の写真もここに残しておこう。今まで無意味にカメラロールに放置されていた写真達が、やっと日の目を見ることができる。
山の散歩
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基本的に、私は他人の目を気にしすぎる性格である。自分でも面倒くさくなってしまうほど自意識過剰であり、個室トイレのような外界から完全に遮断された環境以外では、しょっちゅうあれやこれやと気にしている。
散歩においても例外ではなく、出来れば人に遭遇しないような場所を歩きたい。
田舎に住んでいるため人通りはほとんどないのだが、それでも昼間の道路を堂々と歩くのは怖い。道路をウキウキで歩く私の姿を、近所の人が家の窓から観察しているのではないかと想像してしまうからだ。もはや病的なレベルの自意識過剰だが、自分がそう感じてしまうのなら仕方がない。
その結果、私は散歩のルートとして近くの山を歩くことにした。ここなら誰も通らないし、辺りにご近所さんのお家もない。完全に自分しかいない空間で堂々と散歩することが出来るのだ。
自分の家のすぐ近くにある山なのに、散歩を始めるまで私はこの山の事をほとんど知らずにいた。毎年お墓参りの時期に通るくらいで、ここを探索してみようなどという気は一切起こらなかったのだ。
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この山には、川が流れている。この川音がなかなか良いリラックス効果をもたらすのだが、大抵スマホでラジオを聴いているため、無視している形となる。しかも、下ネタ満載のくだらないラジオである。男子ってバカねー。
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奥に進んでいくと、大きなため池がある。祖母の話によると、この池から町中の田んぼへ水が行き渡るらしい。
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また、別のルートを進めば広い草原へ出る。この草原の様子は、「とある受験生の日記」内で書かれている。是非!
この山の自然に触れると、それまでの自分の悩みが軽くなっていくのを感じる。大学に進学し一人暮らしとなれば、このような大自然が近くにないのが不安である。もしかしたら、ある日こっそりこの場所へ戻ってくるかもしれない。開発されてイオンでも建たない限り、この場所は私の憩いの場所となるであろう。
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以前、父の軽トラに乗せられて山の最深部へと行ったことがある。山の所在や管理者などの情報が記載された看板が立っており、その看板を中心にして円形状の小さな原っぱがある。高い所から木漏れ日が差しており、RPGゲームだと伝説の剣が刺さっていそうな幻想的な場所だった。
いつかあの場所へ行きたいと思うのだが、結局行けていない。歩いていけばどのくらい時間がかかるか分からないし、クマが出没しそうで滅茶苦茶怖いからだ。
近い将来必ずあの場所に行って、写真を撮りたいと思う。
写真の紹介が中心になったが、山の散歩の思い出はこのくらいで終わりということで。
夜の散歩
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他人の目が苦手な私にとって、夜は絶好のタイミングである。辺りの家はどこもカーテンを閉めていて私の姿など見えないのだし、そもそも電灯が少ないため私の存在など分かりっこない。
しかも23時頃には近所の人たちはみんな寝てしまうため、私はのびのびと散歩が出来てしまうのだ。イヤホンからガンガン音楽を流し、リズムに乗って尻を振ることも可能である。法律を犯すようなことは流石にできないが、日頃のストレスを存分に発散出来るのが、夜の散歩である。
ちなみに、「夜」に「山」に行った事は1度もない。怖すぎるからだ。私は幽霊を信じているので、道中にお墓のある山へ行くことなど私にとっては自滅行為に近い。ストレス発散ついでに呪われてしまっては、逆効果である。
夜の散歩の面白い点は、「昼間とは全く違う町の様子が楽しめる」ところにある。車が通らず、ひんやりとした雰囲気の夜の町。その中を闊歩するのはまるで異世界を探検するようで、なんともワクワクする。灯りのついた家々をみて、中の団欒の様子を想像するのもまた面白い。
そんな、現実世界とはどこか切り離されたような気がする夜の散歩。
私はこれに完全にハマった。山の散歩が1だとしたら、夜の散歩は50。そのくらい、私は夜の町へ飛び出すことにのめり込んだ。
よほど、現実から逃れたかったのだと思う。
解けない問題や終わらない課題を前にして、不完全な自分とどう向き合うか。ポンコツな自分とこれからどうやって付き合っていくのか。
そういった問題が、受験勉強には存在する。ぐちゃぐちゃに絡まった糸のように、どうしようもなく、日常生活の何かを確実に拘束している。
その糸をほどく事を放棄し、
「知らねぇよバーカ!」
と叫ぶこと。
「散歩」が意味することは、私の場合だいたいこんな具合である。
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歩くルートはほぼ固定されていた。家を出て、遠くの駅の方まで歩き、また引き返す。この繰り返しである。
新しいルートを開発することも考えたが、変に脳みそを疲れさせそうだったのでやめた。あくまで散歩には、「脳を休めるリフレッシュ」という立場を維持して欲しかった。
景色の変化がない代わりに、音楽やラジオをよく聴いた。イヤホンから音漏れしていないか心配になるが、「音漏れしても別にいいや」と気にしなくなるくらい気分は晴れ晴れとした。
街灯がなく、車も通らない夜のあぜ道で、音楽に合わせて指パッチンを鳴らしながら歩いた。もし他人にこの姿を見られたら、恥ずかしさのあまり私は山へ籠るだろう。
だが今に限っては、周りには誰もいない。まさに私の独壇場!! ヘイヘイヘイ! 鳴らせ指パッチン!! Yo! 尻を振れ!尻を振れぇぇ!!
これくらい、夜の散歩ではハジけることが出来た。
ちなみに、だいぶ疲れる。結局体力を消耗する形となるため、受験直前期は夜の散歩を行わなかった。そうして徐々に散歩の頻度は下がっていった。
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山の散歩も夜の散歩も、受験を乗り越えるためには必要不可欠なものであったと感じている。散歩中に見た風景はいつでも鮮明に思い出すことができる。
課外で演習問題が解けない時、私は逃げるようにそれらの風景を思い出す。そうすると、多少気分が楽になる。
いくら自分がポンコツであっても、この世界には穏やかでキレイな風景が確かに存在していて、1人の私を優しく受け入れてくれる。それは将来の夢云々の話とかよりもずっと大きな、私がこの世界を生きる意味になる。
散歩をした時間は、かけがえのない時間である。
都会で一人暮らしをしても、私は散歩をするのだろうか。人の多い街中を散歩したことは今までなく、ひょんなことから武器を持った不審者に遭遇したらどうしようかという心配もある。クマよりもずっと怖いではないか。
おそらく、将来の私も何かに悩み、夜の世界へ飛び出すことで何かから逃げようとするのだろう。まあ、その時はその時だ。見慣れない世界で、音楽を聞いて、好きなだけ尻を振ればいいではないか。
とりあえず、受験生としての自分の「散歩」記録はこんな感じである。