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屋上の星条旗、カフェ・ラテ、漁。 (短編集 “90sNewYorkFairyTale”より)

晴れている屋上。金融街の高層ビル群が見わたせる。今日は風が強い。ここにはジェインしかいない。

ジェインは端に腰掛け、特大のスターバックスのカップを手に持っている。もうひとくちカフェラテを飲む。白の丸襟のブラウスの襟もとにウェリントンスタイルの眼鏡をひっかけ、爪先だけでヒールを両足ぶらぶら遊ばせながら。長いけれどもてあます金色の髪を、ところどころボロの出たトラッカーキャップで押し込めている。だから「眩しくはないの」。

大昔に買ってもらった星条旗Stars&Stripesのワッペンがついたトラッカーキャップ。もうひとくちジェインはカフェ・ラテを飲む。
そこからは摩天楼の中心地から多くのビルや街や、その向こうに自由の女神そして海がありヘリが飛んでいて、海から青空にまた繋がる。もうひとくちカフェ・ラテをジェインは飲む。

「アナスタシア」
ビルの屋上に青年がいた。マクドナルドの紙袋を掴んだまま、笑顔で言う。
「王妃はいま、まさに何を企んでいるのか」

「ハイ、"キーウィ"」カフェ・ラテをのむ、もうひとくち。彼を見ない。
「やめてくれよその扱いは」
「その名前で呼ぶのやめてくれたら」
「とてもミステリアスで美しいっていうことだよ」胸ポケットからマルボロを取りだす。
「ハイ、"クロコダイル・ダンディ"」
「ジェイン」
「ダニエル」
「ようやくまともに話ができそうだ、まったく、昼休みだぜ?」
「もちろん時間中だったら許さない」ジェインはもうひとくちカフェ・ラテを飲む。
ダニエルはマッチを擦り咥えタバコに火をつける。ジェインを見る。「タバコ、大丈夫だった?」
「ゴムしないでヤってから謝るときっていつもそんなかんじ?」
「ごめんって」笑うダニエル。「午前の按配は?」

ジェインがもうひとくちカフェ・ラテを飲む。「順調じゃないかしら。大損しそうな感触は無いわ」
「なるほど。こっちも正直おもしろくはなさそうだ」
「大しておもしろくないっていうのは、健全ね」
ダニエルがくわえタバコのまま紙袋を脇に置き、ジェインとベンチひとつぶん間を開けて、屋上のふちへ腰かける。

彼はスーツにニューバランスを履いている、若く筋肉質だが、細い。たばこの灰をコンクリートの床に落とす。

「まったく、海の様子に似てるんだな」
「サーフィン?」
「いや、漁さ。相場は遊びじゃない」
「そうね」
「なあ」
「なに」もうひと口飲む。
「君はメシを食べてるのか?」
「ええ」
「ほんとに?」
ジェインはカップを振ってみせる。なにも見ていない。
「いつもそれしか飲んでないだろ」
「これだけで生きてけるならラクだったわ」
「NASAがそのうち開発するさ」
「なにを」
「栄養が入ったコーヒー」
「ラテよ、これ」
「え?」
苦い顔をしてジェインがダニエルのほうを向く。
「カフェ・ラテ」
「ごめん、よくわからないや」
ジェインは前を向く。もうひとくち飲む。
「スターバックス」
「最近ここらへんにもできたの知ってるけど、行ったことないんだ」
「正直ね」
「だって、そうだからさ」
「あなた向いてるわよ、分析屋アナリストには」
「なんで?」
「ねぇ、なんでお空は青いのかしら?」トラッカーキャップをさらに目深にかぶり直し、しかしジェインは空を仰ぎ見る。
「ばかにされてるのかな? ……理屈をどこかで習ったけど、忘れたよ。興味が無かった。わからない」
「わたしもわからない。それにラ・テの作りかたも、その定義もわからない。ただ、おいしいなあっておもうだけよ。数字も、数字をみて何か世の中のことを掴んだ気になったとしても、その瞬間に本当はわからなくなっていると感じるほうがより正確なんじゃない?」
「でも、数字の変動は社会を反映した現象ではあるだろ」

キャップを元の位置に戻して、ジェインはダニエルの膝を見ている。

「そうね。Up. Down. でも数字になったときには、 "もう遅いのよ" 。評価として表わされる由来はわかるけど、そこまで。そこからのことなんて私はわからない。すこしだけ "新しい情報" の端なんてものをしゃぶったまま利いたふうな口叩くひとが、この街にはちょっと多いけど」
「怖いな」
「それ、たぶん大切なことじゃない? きっと漁のために海へ出るのと同じで。わたしは銛を持ったことも無いけれど」

ジェインのかたわらに置かれていたキッチンタイマーが鳴る。

「午後ね」ジェインはタイマーをジャケットのポケットにしまい、両手をおもいっきりあげて伸びをする。
「まだ早くないか?」ダニエル。
ジェインが腰を上げて後ろを払う。
「わたし、歩くの遅いのよ。混むエレベーターも嫌い」
ひとくちカフェ・ラテを飲んでジェインは屋上のドアに向かい歩きだす。

ダニエルは声をかける。「メシは食べたほうがいい」
「そうね。−−−−ごめんね、それ」マクドナルドの紙袋を指差した。
ドアが閉められる。
ダニエルは閉まる音を聞くところまで見送った。「アナスタシア」とつぶやく。
紙袋を見る。
腕時計も確認した。「まだいける」彼は中に手をつっこみハンバーガーとコーラを取りだして食べはじめる。

ジェインは閉まるエレベーターのなか、ひとりで「34」のボタンを押して、トラッカーキャップを脱ぎ、胸元にひっかけていた "額縁眼鏡" をかける。視線を伏したまま静かに彼女は、とても小さくて、ながい深呼吸をする。

彼女はいつもどおり、カフェ・ラテのカップをどこかに置いてきた。


最終改訂日 DEC20 2022.
初回公開日 DEC20 2022.


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短編集「90sNewYorkFairyTale」の
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あとがき


ジェインとダニエルだけの話ですね。
それだけですね。
なんなんですかねこれ。
書いていてたのしかったのは間違いなかったんですけど。
起承転結とか勉強したのに(いまごろかよ!)なんにも生かされていないですね。
習作ならなんでもいいとか思ってる節が。
うう、ごめんなさい。
ていうか、二作つづけて場面切り替えがほとんど無いよ?
むかしお金なくても作れる映画のシナリオ勉強しちゃったせいで楽に撮れる工夫が身体に?
ちょっとつぎはどうにかしたい。
ダニエルまた出てくれるかな、と自分で彼がどっか遠くへ行ってしまう予感しかしません。帰ってこいよダニエル、無事なら絵はがきのひとつも出してくれ、ロクでも無い絵柄えらびそうだなダニエル、商店街のブチックの動物柄スウェットに劣らぬ豪快なかんじのやつ。魔除けがわりになりそうなやつ(そして実際に魔除け柄)。

著者はスターバックスに思い入れはありません。どこかで買った、まだスターバックスコーヒーだったころのステンレス製メジャースプーンは気に入っているので使っているけど。女性で非喫煙者でブラックコーヒーが好きなひとが周りにいなかったのでラテにしたってくらいです。スターバックスが出現しなかったらラテなんて全世界にこんなに広がらなかっただろうに。そのうち呪文のようなフラペチーノとかジェインがオーダーしはじめるだろうか。ジェインあたま良さそうだしでも眠たそうだから半目で呪文唱えだしそうだな店頭で。いいな、おもしろそう。そういうひと見てみたい。兜町付近にいないのかな? 当該人物出現情報御存知でしたらそっと教えてほしいです。
そのうちにまた。

DEC20 2022. 「かうかう」より


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暴力とデザートと幻覚の物語