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『ミルキー』  | シロクマ文芸部 短編


本文 約2500字(改訂済)



チョコレートを仕事帰りに大混雑のデパ地下で買った。

10日くらい前。

慣れないところだったからなにがなんだかわからなかった。いつもは地元のショッピングモールで買うから、こんなすごいところ来ない。

スマホよりもちょっと小さいメダルみたいなかたち、それで五千円弱くらいした。あたしの買える最高級品だとおもって買った。

そろそろ、お店は終わりの時刻だった。

それでレジしてるときに周りの雑音が虫の羽音のようにジーーッて聞こえはじめて自分のマンションについたときには最高に具合悪くて、旦那のごはん作ってあげられなかったから泣いた。最悪だとおもう。


10日くらいして今日。


二月なのに暖冬でクソ暑い日、なにもないし、だれもいない屋上まで行って、みあたらないからそっから下を覗いて、三宅君はあたしの名前を呼んでいたんだという。昼休みが終わっても来ないから。

イヤホンしてチバの昔のバンドの聞いてたからわかんなかった。サンタが死んだ朝の曲ききながら、いまはどの聖人が死ねばバレンタインなんか消し飛ぶんだろう。あ、死んだから聖人か、ちっ、なんだよ。

ビルのあいだ八階建ての五階の外の、螺旋状に上下に伸びる鉄柵で囲われた非常階段のとこにしゃがんでタバコ吸ってた。ちょうどよく薄暗いし、あたしくらいしか基本来ない。

ここへの鉄製のぶあつい扉がギコギギギって開く音はデカかったからさすがにわかった。ぜんぜん怒ってなくてニコニコしてるキノコみたいな髪型の三宅君が目に入ったからイヤホンをとった。

「なに?」

「なに、って、もー、清水さん昼休みおわってますって」

「あぁ、そう、なんだっけ午後」

「社内ミーティング、上長臨席のやつ、もうけっこうみんなスタンバってて」

「下血が止まんなくて早退するって言っといて」

「うぇええー、ぼくがですかぁあ」

ほんとに、なっさけない顔するなぁ、この子。

「まじで気持ちわるいの、ほんと帰るから」

「え、ほんとうにそれで? あ、えぇと、はい、すみません」

「嘘だよ。かったるいだけだよ心配しなんや」

タバコ消して置き灰皿に殻捨てて立ちあがったけど、ほんとにふらついてコンクリの壁にドンって肩が当たったら、チビのくせに(あたしが168.5cmあるのも悪い)あたしの懐に入って肩を抱えてくれた。

なんで男なのになんかいい匂いいつもしてるんだろうこの子。整髪料とかじゃなくてミルキーの飴玉みたいな。

「あのさ、甘い匂いするよね、三宅」

「そういう体質みたいで。よく言われます」

「やだった? こういうのって」

「え! そぅぐなこと無いですよ! んな気にしないで清水さん」

はは、なに噛んでんだろう、とおもった。そのとき顔見てわたしがはじめてする表情だったから慌ててたって後で聞いた。

あたしは自分の顔なんて気にできてなくてただただ三宅君がかわいくておもしろくてわらった。

もういい。「あたしのそのポーチ開けて」と三宅君に言った。

「あの、いいんですか」
 

訊かないでよ
 

「うっせえな早くしろよ体調悪いんだから」

自分の長い髪が、だんだん重く感じはじめていた。ほんとうにあたし具合わるい。

「あるでしょ」

「この包み、なんですか、これチョコ?」

「他のもん見ないでよ」

「はい! とにかく出せばいいですか」

「うん。もらってそれ」

三宅君があたしを見た。かれはポーチをそっと下に置いた。

困っていた。かなしいかおをしていた。

そのままの顔で、あたしのことを、そんな目で見つめないでほしかった。それから、「だめですよ」って言われて、

わたしは頭から血の気が引いてくのがわかった。

「清水さん結婚してるでしょ、これはだめだから」

入社してウチの部にきてから言いたいこともマトモにいつも言えない三宅君が初めてあたしにくちごたえした。

  
「みんなにあげてるだけ」
「ウソでしょ」


うるせえな

 
「黙ってもらっとけばいいんだよ」
「命令されることじゃないです」


なんなんだよ

 
「はぁ? たかがチョコじゃん、なに気にしてんの」
「あの、早退するってことでいいですね。じゃあ」


ポーチの横にチョコそっと置いてあたしのそば摺り抜けようとした。あたしは腕つかんだ。


「清水さん、その手、僕の腕から離してもらってもいいですか?」


ご丁寧に

三宅

こいつ

こっちの気持ちなんにもわからないフリしやがって
 

あたしは手をあげてた。


「……痛ぇ」


「ごめん」と言うまでに、あたしはとても苦労した。言葉になんない呻きというか鳴き声出してて、死にぞこないのネズミみたいな、そんな……

正確には。ぐずって言いたいことがうまく言えなかった。たったひとことが。

それでも、三宅君は満面の笑みであたしを見た。

にこにこしていた。

「すげえ、めっちゃ殴り慣れてるんだ清水さん。びっくりした。でもこれでいままで誰か自分の言うことに従ったヒトいました?」

 
こいつ

 
「あたまに来ますよね。いいですよ、もう一回ですね、でもその次はボクがやりますね」

 
なにを

 
「ぼくのこと好きになるぼくが好きなひと、みんな、ぼくのことひっぱたく人ばっかりなんですよ。なんでなんですかね?」

 
やっぱりあたしは君が好きになってた

そのとおりだ

でもなんで君が どうして

 
あたしは泣きじめてた、がまんできなくなっていた。もうどうしようもなかった。どうしたらよかったんだ。

三宅君がこっちにあるいて来る。

こわくて、あたしは涙とかでグチャグチャな顔を両手で隠したまま後ずさりしていた。鉄柵螺旋の非常階段のほうに。

「ダメだよ、そのままバックすると階段、踏み外しますよ。あと行きどまりだから。下にも上にも途中にシールドあるから行けないから」

わたしは吐きそうになって、両膝ついた。それでも逃げたかった。彼はこっちに来る。しゃがんで、あたしの髪を掴んだ。

「なにするの」

同類・・だから、あなたはぼくから目が離せなくなっちゃったんだ。だからぼくは何のせいでもないんだとおもう」

あたしの両目をもう一方のてのひらで隠して、あたしは首筋を噛まれた。

瞬間痺れて、声じゃなくて、あたしはおおきな音のする息を吐いた。

彼はそして口を離した、そのまま、あたしにつけた噛みあとのそばで彼が言った。

「もう、どうしようもないから、もう、どうしようもなくなりましょうね」

髪の毛を自由にされて、手のひらも外された。

目をあけたら、三宅君が、にこにこってほほえんでた。わたしを見ていた。

「ほら」

そういって、この子はシャツとネクタイをゆるめて、横を向いた。そしてわたしに自分の首筋をみせつける。

「どうぞ」

甘い匂い

三宅君がわたしの席の近くに来るとずっとしていた

ミルキーのような 甘い

いま 首をみせて そしてあたしを横目で見てくれる 

この子はその丸い眼で

いままでもあたしを見てたのかな

そうおもった いいにおいがする

甘い 彼の

 
あたしは歯を剥き出した







初稿公開 令和6年 2月19日 16時
最終改訂 令和6年 2月20日 18時


この作品は #シロクマ文芸部 参加作品です。
(〆切超過して投稿)

お読みいただき、
ありがとうございました。

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