布巾とフォーク

 彼は人見知りで、友人は少なく、大勢の中で発言するときは、緊張で心臓が喉元まで上がってくるような感覚になるほどシャイだった。口を開ければその鼓動の音が他人に聞こえるのではないかと疑っていた。自分の本音などというものはいつの間にか、多分、十歳かそこらくらいの頃に忘れてきて、話す言葉は相手が求めるものを必死にくみ取ったおべんちゃらであり、誰にも印象というものを与えないように努力していた。何がそうさせるわけでもなく、それは彼が本来持っていた特別な性質だった。その容姿も、いいとも悪いとも言えない、彼の性質をよく現した、限りなく印象の薄いものだった。しかし彼は誰よりも、人との繋がりを求めていた。

 彼はペティナイフを持ち、柿の皮をむいている。誰かのために柿の皮をむけるということは、彼にとってこの上ない喜びであり、最も安心できる時間であった。

 彼女は彼のことを寡黙でとても気の回る人だという風に理解していた。彼がどんなときも細やかな気配りを欠かさないことに気付いていた。何故なら彼女自身が、誰よりも気が付いてしまう人間であり、殆どの人間は鈍感だと思うほどだったからだ。そのことは彼女をとても知性的に見せたし、活発で円滑な交友関係を簡単に気付くことができた。だからこそ、彼女は彼が特別な存在だと気付くことができた。

 彼が食後の果物を準備しているので、彼女は食器を下げて、清潔な布巾を準備して待っていた。彼が四等分にした柿を皿に載せてくると、その柿にはフォークが刺さっていた。「ありがとう」、と彼女はさりげなく言って、フォークに刺さった柿を食べた。彼はフォークの刺さっていない柿を手に取って、「やっぱり手づかみで食べる方が美味しく感じる」そう言って彼女の用意した布巾で手を拭いた。彼女にはその応酬が心地よかった。

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