綺麗すぎて後悔しそうな
校庭に立つのは最後かもしれない。空は晴れている。3月だというのに乾いた冷たい風が強く吹いて、肌寒い。今日は休日であり部活も終わった夕暮れ時で、僕らの他に校庭には誰もいない。ぼくらは制服を着ていて、これを着るのも片手で数えるほどだろう。先日卒業式も終わった。ぼくらとはぼくと彼女の二人のことあり、彼女とは親密に語り合ったことのある間柄でもないが、ぼくは彼女に呼び出されてここに来た。しかし当の彼女は、やあやあと始めに挨拶をして以来、ずっとそっぽを向いたままで、ぼくは立ち尽くすしかない。「ねえ」と声をかけても、「ちょっと待って」と制されるばかりで、やはりぼくは立ち尽くすしかない。
この状況で呼び出されたら告白だろうと高を括っていた。彼女はこの瀬戸際で腹を決めかねているのだろうか。心配せずともぼくはその告白を受ける心づもりで、しかし顔には出ないように注意して、といってもどう注意すればいいのか分からず、どんな顔をしているのか自分でも分からないまま、彼女が口を開くのを待っている。彼女は明快な性格をしていると思っていたので、意外な展開だった。
空は夕暮れが群青色に浸されて、混ざり合い、少しだけ幻想的だと思った。そう思うくらいしかやることがなかった。「来て」と言って彼女は校舎の方へ向かい、外付の非常階段を上り始めた。黙って付いていくと、そのまま屋上に出た。
「ほら、どう?」
フェンス越しに見える景色を指して彼女は言った。少しだけ幻想的な空が水田に反射していて、飛び込めば違う世界に繋がっていそうだった。「きれい」とぼくが言うと、「そうでしょう」と彼女は満足げであった。
「こんな田舎の景色は嫌いだって言ってたから、見せてあげたかったのよ」
「うん、そういう意味で言ったんじゃないけど、これはすごいね、ウユニ塩湖みたい」
彼女は何も言わずに景色を眺めている。本当にそれだけなのか、ぼくの気持ちはどうすればいいのか。幻想的な風景はすぐに宵闇に覆われ、彼女は「そろそろいこっか」と言って踵を返した。「あの、ちょっと」と呼び止めたはいいが何と言えばいいか、すぐに判断できない。少なくともこんなことで呼び出しておいて、これでサヨナラと帰っても、もやもやして仕方がない。
「本当にこれだけのために呼ばれたの?」
「そうだけど、これだけってことはないでしょ。なかなか記憶に残りそうなことでしょ?」
記憶に残ると言われれば確かにそうだ。不思議な景色を二人で見て、それっきりで特に何もない、綺麗すぎて後悔しそうな記憶だ。
「まあ確かに記憶には残るね。……あのさ、よかったら連絡先、交換しない?」
少し口籠もりながらそう言った。
「うーん、やめとく」
明快に彼女は言った。
「ただ今度どこかで会ったら絶対無視しないと誓ってよ。私はそういう運命的なほうが好きなの」
そう言って笑った。「絶対だよ」と念を押して。
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