逃避

 後ろの車が物凄い勢いで車間を詰めてくる。反射的に男はアクセルを踏み込む。車通りの少ない夜中の幹線道路に、ヘッドライトの光が流れていく。どれだけ男がアクセルを踏み込んでも、後ろの車はぴったりと付いてくる。ルームミラーにチラチラと映るライトに目をしかめる。信号が赤に変わる。そのタイミングで交差点に入る。まだ後ろは付いてくる。手の汗でハンドルが滑る。

 仕方なく脇道に入っても、まだ付いてくる。うるさい警告音が絶えず発せられる。何度か一時停止を無視しながら適当な交差点で右折左折を繰り返していると峠道に差し掛かる。恐怖が麻痺したのか、峠に覚えがあるのが、だんだんと男は興奮してくる。峠に入ると曲がりくねった登り坂を猛スピードで走り抜け、ブレーキとアクセルを巧みに操ってタイヤ痕を残しながら下りを攻める。さすがに引き離したか、カーブを曲がる度にルームミラーには何も映らなくなってきた。

 峠を越えて何だかいい気分になった男は、なお恐ろしいスピードのままあてどなく車を走らせていたが、目的地の方向を見失ったようで、スピードを落として道を探し始めた。するとまたあの車が追いついて、物凄い勢いで車間を詰めてくる。男は反射的にアクセルを踏んだ。いい加減嫌気が差してきた男は、スマートインターを突き破り高速道路に入った。

 片側二車線の高速道路で、唸りを上げるエンジン音も虚しく、後ろに付いていた車が横に並んだ。馬力が違うようだ。じりじりと追い抜きつつ幅寄せしてくる。一台ではなく、いつの間にか二台三台と取り囲まれている。止まるしかない。「俺が何をしたって言うんだ」車から引きずり出された男はそう叫びながら、後ろ手に手錠をかけられる。

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