太刀魚の細かい骨

 家に帰ると妹はテレビ画面に向かって、ぎゃあぎゃあと一人騒いでいた。いつもの光景だ。独り言というわけではない。聖徳太子もびっくりな人数を相手に喚いているのだ。俺が帰ると、

「城主様のお帰りだー、皆のものしばし待たれい」

とあぐらをかきながら、座卓に設置されたマイクに話しかけている。妹はテレビゲームをやりながら配信をしている。マイクの脇に置かれたノートPCにはコメントが流れていく。俺は声が配信に乗らないように黙っている。傍目にはただ遊んで過ごす為体にしか見えないが、これでちょっとしたフリーターくらい稼いで、自分の生活費くらいは捻出できるのだから大したものだと思う。しかし、親はそれを快く思わないらしく、一人暮らしをしている兄である俺のうちに逃げてきたというわけだ。

「今夜はとろろご飯に太刀魚の塩焼きです」

1LDKという二人で住むには決して広くない家を間借りしている自覚はあるようで、炊事と掃除はしてくれる。料理を出し終えるとまたテレビの前に戻っていく。親に追い出されてまで妹は自分であろうとする。それは我というものや、エゴというもの何だと思う。世間の風にふにゃふにゃと形を変えている俺からすれば不思議なやつだと思う。自分がやりたいことよりも、人に求められることをずっと考えているうちに、自分がどんな形をしていたか忘れてしまった。人に何を言われようが、そんなものはどこ吹く風で、私は私なのだと今日もマイクから発信し続けている。そんな人物を毎日見せられていると、俺は俺のままでいいのだ、何を隠す必要も取り繕うこともないのだと、少しだけ勇気づけられる。本当に少しだけ。残りはうるさくて迷惑している。そう思いながら太刀魚の細かい骨を取り出す。

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