事故物件

 事故物件と言っても実際にその物件で起こっているのは、自殺や殺人であって事故ではない。ただ物件はそれに巻き込まれただけの被害者ですよという面をして、不動産屋が事故物件と言っているのだ。しかし人がそこに住みたがらないのは、物件の側にも責任がある、完全にもらい事故物件だとは思っていないからではないか。つまり殺人物件だ。目に見えない殺人者を飼っているとでも思っているのだろう。

 全く馬鹿らしいけれど、そのおかげで俺はこの暮らしが出来ている。事故物件に住むことで、その履歴をクリアする仕事だ。不動産屋は誰かが一度、事故物件に住んだあとなら、聞かれないかぎりそれを伝えずに済むということらしい。だから俺はタダ同然で(寧ろ報酬がもらえることだってある)事故物件を転々としている。

 別に契約だけして住まないという方法もあるが、定住する理由も場所もない俺は実際に住んでいる。何カ月かだけのこともあれば、一年くらい住むこともある。家は生き物であって、何なら俺より生き生きとしたものであって、人が住んでいる方がいい状態になるものだ。

 この生活にもすっかり慣れて、俺はいつの間にか荷物など持たなくなった。結局こういう人間は身軽であるのが一番だ。必要なだけの金はあるし、金さえあれば最低限の生活が出来る。それが出来れば十分に俺は満足なのだ。そうやって孤独に死んでいったって、やっぱり事故物件は殺人物件ですねと言われて、大家が泣き寝入りするだけ、どうせ金持ちなのだからいいだろう、知ったことではない。もう俺は身一つでどこでも行けるし、聞かなくとも次の事故物件すら分かる。こうして何もない2LDKのリビングだかダイニングだか分からないフローリングに一人寝転がる贅沢。ただただ死に向かう。ここでは強盗殺人があったらしいが、綺麗なものだ。ガチャリと玄関のドアが開く音がする。本当の住人が帰ってきたようだ。

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