見出し画像

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

*2021年10月朗読教室テキスト①ビギナー③番外編
*著者 宮沢賢治

「あゝ、りんだうの花が咲いてゐる。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云ひました。
 線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたやうな、すばらしい紫のりんだうの花が咲いていました。

9月に入っても残暑と言えるような例年の厳しさはなく、涼やかな日々が大きなうねりを飲み込んでいきました。いつしか虫の声が聴こえ、金木犀が香り、街でりんどうが咲いているのをみかけるようになりました。
『銀河鉄道の夜』は立秋(8月)の物語ですが、秋も深まった今の時期に、りんどうの花が揺れるこの場面を読んでみたいと思います。

コロナが始まってしばらくして、それまで対面で行なっていた朗読教室がなかなか開催できなくなった時、オンラインで朗読教室を始めようと思い立ちました。私自身が当時少し体調を崩していて、家事も仕事も一切できないのになぜかPCの前に座り、様々なオンライン教室のサイトを参考に仕組みを取り決め、ひと月も経たずにオープンしました。メールやWebサイトで告知を始めたところ、初めは2、3人くらい、以前から対面に来て頂いていた方がご参加くださり、続いて一人、また一人・・・と、ゆっくり増えていきました。初めての方が山梨から、大阪から、神戸から、宮城から、日本全国の様々な場所から少しづつご参加くださるようになりました。「ウツクシキのことはずっと知っていて参加してみたかったけれど、これまでは遠方でどうしても行くことができなかった」という方もいらして、私にとって想定外のありがたい出来事でした。

ジョバンニが学校でどうしようもなく眠くてしょうがなかったように、実は私もあの頃こんこんと眠り続けていました。レッスンの時間になるとむっくりと起き上がり、快活に話すことができました。今でも不思議に思うのですが、レッスンが終わるたびに少しづつ元気になり、外を散歩したり、物を考えることができるようになりました。ジョバンニが鉄道に乗り込んで、カンパネルラと会話し、窓の外に咲くりんどうの花が揺れる場面に来る頃には、定期的に行うオンライン教室に支えられて、レッスン以外の時間のわたしも随分しっかりしてきたのです。
 
思えば『銀河鉄道の夜』を一番必要としていたのは、私自身だったのかもしれません。人は深い湖の底にいるとき、こんな風に物語を必要とすることがあるのだと思います。肩書きではなく、お金でもなく、社会で必要とされる様々な「物質」でもなくて、ちゃんと心に触れる物語。とくに『銀河鉄道の夜』にはその要素がたくさん詰まっているのだと思いました。

今月のビギナーコース、そして番外編は『銀河鉄道の夜』を朗読します。
朗読教室ウツクシキは、そんなわけでこの『銀河鉄道の夜』があったからこそ続けることができましたし、私も湖の底からゆっくり浮かび上がることができました。物語の力を、人間が本質的に必要としているものを、レッスンでお伝えできたらと思っています。

*底本 『銀河鉄道の夜』
 昭和54年4月25日初版発行
*文中の太字は本文より抜粋

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?