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【SS】アステリズムの旅人

「ついに君も旅立ちか」
何気ない口調を装い、カストルは呟いた。
「そうだね」
微笑を浮かべたポルックスは、寄せては返す波を眺めた。

浜辺には、二人の姿と波以外に動くものは無かった。
ただ波の音が響くだけ。
静謐な空間で、二人は寄り添って並んでいた。

星の人。
彼らは生まれてからしばらくは人の姿で過ごすが、ある程度時間が経過すると星に変化する。
ある程度の時間といっても個人差がある。
百年も人の姿で暮らした者もいるし、わずか五年で星になった者もいる。
星になる条件は分からない。
ただ、彼らが首にかけている水晶の首飾りが、鈍く輝き出した時が予兆になっていた。

旅立ち。
星への変化を、彼らはそう呼んでいた。
人間としての暮らしから旅立ち、空で星として過ごす事になるからだ。
そうなった彼らに、人間の時の記憶があるのかは定かではない。

「あの夜に見た超新星爆発を覚えてる?」
輝きを帯びる首飾りを両手で包みながら、ポルックスは静かに問いかけた。
カストルは無言で頷く。

もちろん覚えている。
ずいぶん前だが、偶然二人で見かけた超新星爆発。
途方も無く長い間、星として過ごした最期の姿。
星が死ぬ瞬間。
とてつもないエネルギーの爆発は、夜空を刹那的に眩く照らした。
言葉を失うほど美しい光景だった。

カストルは自分たちの存在について思いを馳せる。
人として生まれ、ある程度成長したら星として長い期間を過ごし、星として死ぬ存在。

星になったらどうなるのだろう。
人として生きた記憶は残るのだろうか。
何もわからない。
とはいえ、その時が来たら星になることを受け入れるだけだ。
時期が来たら星になる。そこに不安も迷いもない。
それが”星の人”の死生観だった。

星になる事そのものに迷いはなかった。
ポルックスが星になる事も受け入れられる。
ただ、一つだけ。
ポルックスと離れ離れになる事が想像出来なかった。
二人は幼馴染だった。兄弟のように常に一緒にいた。

置いてけぼりは嫌だった。
自分もポルックスと一緒に星になりたいと思っていた。
だが、カストルの首飾りに輝きはない。
まだ、その時ではないのだ。

なぜ。どうして。
今までずっと一緒に過ごしてきたのに。
離れ離れになるなんて嫌だ。

「ポルックス、僕は_」
堪らずカストルが声を上げたその時、ポルックスの首飾りの鈍い光が、ぽうっと明るさを増した。
その光、どんどん眩くなって……。
とうとう目が開けていられないほどになった。

「カストル、これでお別れみたいだ」
ポルックスの落ち着いた声。
突然カストルに伝わる温かい感触。
光で見えなくても、確かにじわりと伝わってくる体温。
抱きしめられているんだな、カストルはぼんやりと思った。

「また会えるよ」
耳元でポルックスの声がした。少し擽ったい。
そして温もりは離れた。

光がゆっくり浮上していく。
眩い光の中、ポルックスの身体がどうなっているのかは分からない。
カストルはその光景を黙って見守るしかなかった。
ぐんぐん遠ざかっていく光源。

旅立ってしまった。
一筋の涙が、カストルの頬をそっと伝った。
手には、かつてポルックスが首にかけていた首飾りが収まっていた。

ーーー


あれからどのくらいの時が経っただろうか。
カストルは自分の首元に揺れる首飾りを見た。
それは今、鈍い輝きを放っている。
とうとうカストルにも旅立ちの時が来たのだ。

ポルックスが旅立って一人ぼっちになったカストルは、よく歌うようになった。
「あの星がポルックスかな」
もしかしたらこの歌もポルックスに届いているかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら。

満天の星空の下。
いつものように歌を口ずさむ。
流れるような旋律。
鈴のような歌声と共鳴するように、首飾りの輝きが増していった。
光に包まれながら、それでもカストルは歌い続ける。
だんだんと光が強くなるにつれ、カストルの姿は見えなくなっていく。
やがて光は空に昇っていった。

砂浜には、首飾りが二つ仲良く並んでいた。

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