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【SS】綿毛の暴風

フヴンの野。
チェチェのお気に入りの場所だ。
村から離れたこの場所は、おさげ髪のチェチェ以外誰も寄りつかなかった。
チェチェの秘密の場所。一人きりになりたい時、よくここを訪れていた。

フヴンという生物が暮らす野。だからフヴンの野。
フヴンとは、光の玉のようなふわふわした生物だ。
村では、豊穣をもたらす存在として信仰され、大事にされている。
綿毛の形状をした卵が特徴的だ。種子に近い。
チェチェにはいつも連れているフヴンがいた。
サンサルと名付けて可愛がっていた。

フヴンの野は、綿毛に包まれていた。産卵期である。
一面に広がるふわふわとした野原。壮観だった。
卵という感じはしない。植物のような見た目。
この物体から本当にフヴンが生まれるのだろうか。
ぼんやりと思案に耽るチェチェ。サンサルも隣でふよふよと浮かぶ。
周りでは野生のフヴン達がふわふわと浮かぶ。

「大気よ、舞い踊れ。激しく翻るその先に、光広がれり」

突然声が聞こえ、チェチェは顔を上げた。
一つの姿があった。
声が発された瞬間。大気が暴れだし、暴風がびゅうびゅう吹き荒れた。
チェチェは立つのもやっとの状態だった。おさげ髪が首元でばたばたと暴れる。
必死で片目をこじ開けながら、今見た姿が幻覚でない事を確認した。
その刹那、祖父がいつか話してくれた昔話を思い出す。

年に一度、風神さまが現れて暴風を引き起こすのだと。
その暴風に乗ってフヴンの卵が世界中に散らばり、各地に豊穣をもたらすのだと。

淡いエメラルド色の瞳が鈍い輝きを放っている。
艶のある長髪、丈の長い白金色のローブがばさばさとはためく。
その姿は、まさに祖父の話してくれた風神ハウの姿だった。

たくさんの綿毛が空中に巻き上げられる。
遥か頭上でぶわっと広がる。とてつもなく大きな花のようだ。
雲を飲み込んでしまいそうな大きさ。
その間、フヴン達はくるくると風に身を任せていた。まるで踊っているようだ。サンサルもこの饗宴に混じっている。
花はやがてちりぢりになり、それぞれの方向へ漂っていった。

風神ハウが息をふうっと吐き出す。風が止んだ。
フヴン達は踊りを止め、サンサルもチェチェのもとへ帰ってきた。
風神ハウは暴風を起こしている間、終始厳かな表情だった。
一度目を閉じ、開ける。
ふとチェチェの方を見た。
底知れぬ笑みを口元に浮かべながら。
そして現れた時と同じくらい唐突に、その場からふっと消えた。

チェチェの見開いた瞳、その横でいつもどおり浮かぶサンサル、フヴン達の静かな鳴き声だけがあたりに残された。

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