賢い生き方
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賢い生き方

との まきこ

朝、コーヒーを飲みながらこの映画の情報を見かけ、映像の色合いが気に入ったので即ポチしてそのまま見始めた。とある夫婦のドキュメンタリーだ。
夫は破天荒な芸術家で、妻も同業でありながら、夫に献身的に尽くす。……って感じでもない。

夫婦愛とかはよくわからないけど、あることが不条理であってもそうしてしまうという本能、というか、そうしたいという欲望のようなものが人間にはあるのだと思った。

「賢く」生きているひとたちから見れば、このひとたちの生き方はもどかしいかもしれない。わたしだって賢くはないけど、そう思う部分もある。

賢く生きたいと思うその一方で、破滅する確率が高いとわかっていても飛び込んでしまったことがわたしにもある。一縷の望みに賭けていたわけではなく、そうしなくてはいられないという自分の欲望があったのだと思う。

苦労したほうがいいだなんてぜんぜん思わない。大きな挫折や苦労のない人生はいいことだと思う。ただし、それは何事もないままに済めばの話だ。
ドラえもんのポケットから出てきそうな未来がわかる道具とか、超当たる預言者とかに100%の保証をされていない限り、未来の人生にはなにがあるかわからない。
大小取り混ぜたいろんなできごとがあってこそ、ひとはさまざまな選択ができるし、しないといけない。しんどいし、めんどくさいし、選べないときもあるけど、選べるということはラッキーなのだと思う。

映画の最後に妻は「もう一度最初からやれって言われたら、きっとやると思う」と言っていた。なぜなら、これまでがあったから今の自分(と自分のアート)があるから。
結果論的に聞こえるかもしれないし、実際そうなのかもしれない。だけど、別の生き方をしていた自分なんて永遠にわからないんだから、今の自分があってよかったと思えることだけで、そのひとにとって善なんじゃないんだろうか。

レストランに入って、たまには食べたことのない料理を食べようかどうしようか悩んで、結局頼まなかったとき、あれはいったいどんな味だったんだろうとずっと気になってしまう(食いしん坊なだけ?)。
口に合わないかもしれないけど、たまには損してもいいやくらいの気持ちで選択すれば、その分「賢く」生きてるひとよりもちょっとだけ賢くなるんじゃないだろうか。ちょっと次元が違っちゃったけど、そんなことをこの映画で感じたのだった。

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