封印したからといって忘れられるもんじゃない
本日のBGM:
男は過ぎ去った年月を思い起こす。埃で汚れたガラス越しに見るように。過去は見るだけで触れることはできない。見えるものはすべて幻のようにぼんやりと…。
(映画の本質とはちょっと離れているけれど、こんなきれいな比喩が自分にもできたらなあと思う)
退廃的な気分になりたいときにおすすめなこの映画。
男女のすれ違いの話と言ってしまえばそれまでだけど。
涙なくしては見られません。って、だれも泣いていない昼下がりの文化村ル・シネマ。
9割のひとが泣くコンテンツでも泣けないわたしがこんなにうるうるしているのに、おかしい。
終盤にこの曲が流れた時点で、ぶわーっですわよ。
家でサントラ聴いててもぶわーっ。
この映画主人公の男、過去を封じ込めたくせに未来に向かっている感じがまったくしない。
男はだれにも言えない秘密を、大木の幹に掘った穴にささやき、その秘密が漏れないように、その穴を土で封じ込めた。(ここでぶわーっ)
なのに、なんなんだろう、このやりきれない感じは。
ええ、一生忘れられない恋愛というのもあるでしょう(わたしにはないけど)。
それをいっそのこともっとドロドロと引きずってもらえれば話はわかりやすいのだけれど、この中途半端感がなんともイライラ、ではなく、ぶわーっを誘うのだ。
「チャウさん、うしろ、うしろー!」と言いたくなる場面もあったのも、もどかしい気持ちにさせる。
でも、うしろに気づいたところで、どうにかなるとは思えない。どうにかなっちゃったら映画的にはつまらないし、きれいな愛に現実という埃がついてしまう。
それに、男はまた勇気を出せないかもしれないし。
結局、男は過去を封じ込めても、その穴をちら見しているのかもしれない。
男には、女が出した勇気に応える勇気がなかった。そのことが過去を引きずらせるんだろうか。
はたらきかけをして失敗するのと、なにもしないで後悔するのと比べたら、あきらめがつきやすいのははたらきかけて失敗するほうだろう(ひとにもよるけど)。
だから勇気のなかった男は、穴を土で封じ込めても、さっそうと去っていく感じはしない。
まあ、その切ない感じのトニー・レオンがこれまたいいんだけども。
ウォン・カーウァイ監督の作品は、気が抜けない。出てくるものの多くが意味を持っているから、ぼーっと観ていてはいけない。
時計、雨、赤、スリッパ、さり気なく女のバッグを見やる視線、男が泊まっているホテルの部屋番号が2046(これは次の映画の宣伝だけど(違))。
なんだか宗教画のよう。隅っこに描いてある小さいものが重要な意味を持っている、みたいな。
監督は1990年の「欲望の翼」から2004年の「2046」までの約15年でがーっと映画を撮り―その後ももちろん撮っているようだけれど―そこで一段落、みたいななにかがあったのだろうか。
映画に詳しくもないわたしがこんなことを言うのもなんだけれど、なんだか彼のエネルギーは「2046」までという感じがしないでもない。
なんかこう、観客がこうやって歳をとっても感動が変わらない映画をまた撮ってほしいもんです。
観た映画:花様年華
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