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うとQ世話し 圧倒されたいスケール感、待望巨大欲求

2021/4/11
(うとQ世話し 圧倒されたいスケール感、待望巨大欲求)
飾り棚の上に置いてあった地球儀を仕事机の上に移した後、見るとはなく見ていたら
「地球って、こんなもんだっけ?」
と、ちょっと自分でも意外な気がしました。
いつも目にしている平面の世界地図に比べると、ずっと小さく感じたのです。各大陸の大きさや大国と言われる国々の大きさも。
その後、今度は、無意識にその反対を探すかのように、広大な絵姿が目の前に浮かびました。
北海道積丹半島の最突端、カムイ岬へ隘路を抜けて崖上に出ると、突如、眼前に出現した大パノラマ。
余別の崖上から見た左側男海、右側女海が一挙同時展開する、自分にとっては「前人未踏」
の世界。
息をのみ、打ちのめされる程の圧倒感。
この世の果て。何か見てはいけないものを見てしまったような気がしました。
そうして、続けて浮かんだのが、ハバロフスクからモスクワに飛ぶ飛行機の窓から見た地平線が丸く見えるほどの眼下のユーラシア大陸の広大無辺な拡がり。
青いというより黒々と見える大樹海と鈍色に光る大河のうねり。
「国境などどこにもないじゃないか」
と思うと同時に
「この下に今降りる羽目になったら、怖、っ」
という思い。
いずれの話も大学生時代に体験したものでした。
それまでの頭の中の思考サイズを遥かに超え、混乱困惑を招くほどに圧倒凌駕する、そのスケール感。
今思っても鳥肌が立ちます。
ですが、その後、偶然の差配で、意図せずある企業に勤めることになり、金勘定だ、手柄だ、昇給、昇進だのと「うつむいた世界」の中に明け暮れ、結果、心とアタマを病んで端に飛ばされ、飛ばされたことが逆に幸いして、自然治癒したのち、再び戦列に復帰はしたのですが、どうも肌に合わないことがいよいよ明確になり、最後は自主退職して、今の仕事を開業しました。
最後「肌に合わない」と申し上げたのは、前述の「スケール感」だった様です。
今になってみると、ですが。
但し、何も自分自身が「途方もなく大きなスケールの持ち主」で
「そんなスケールの自分には合う筈もなかった」
ということでは無論、全く之なく
「自分を打ちのめしてくれる程のスケール感」が
「それらの世界には感じられなかった」
という事でございます。
それというのも
「前人未踏」「圧倒凌駕」「打ちのめされ恐怖を感じる程の、いっそ人知を寄せ付けない了解不能」のスケール感が自分には「爽快」をもたらす
のです。
それら「目を見張って見上げる世界」に接していると
「実に気分がよく」「愉快になる」
のです。
そうした体質からは、子供の頃、親や祖母が言っていた「起きて半畳、寝て一畳」どころか冒頭の
「地球って、こんなもんだっけ」
というのが、やはり自分なりの実感で、そういうものに今後出くわしたいが為に、儲かりもせず巨大損失ばかりの商売を続けている気がしないでもありません。
(注)写真とは違い、当時自分は海岸伝いに進み、下から岬突端に出ました。


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