(うとQ世話し「妥協の産物」がとばっちりの元?)

2022/3/7
(うとQ世話し「妥協の産物」がとばっちりの元?)
「結婚なんて妥協の産物よ」
子供の頃よく耳にした言葉です。
しかし今思い返してみるとそれは現実世界で聞いた言葉ではなくTV番組の中でよく耳にした事を思い出しました。
そういえばお袋からそんな言葉を聞いた覚えもありませんでしたし、叔父さん夫婦の叔母さんからも聞いた記憶がありません。
最近外国人と接するような生活になっておりますが、その外国人の奥さんからもそんな言葉を耳にした記憶もありません。
なので、あれは「話を面白くするためだけの昔のドラマ作術手法上の話だったのだろう」と思っていたのですが、最近現実観察をしていたところ実はそうではないことに気づかされました。
昨今ではTVドラマでも現実生活でも耳にしないこの言葉
「結婚は妥協の産物」
がなくなったのかと申せば現実にはその正反対。
「当時から無言裡に蔓延」していた此の感覚が更に深化蔓延し
余りにも当たり前
「今頃何言ってんのよ」
位の話でしかなかった事に。
一方この言葉を夫婦共に発しているのかと申せば旦那さん側からは殆どこの言葉は聞こえてこず主に奥さん側から密かに漏れ聞こえてくるというのも観察の結果でした。
「妥協する」を英語ではcompromiseといいますが此の言葉には「妥協する」の他に
「お互い中心線迄歩み寄る」
という意味もあります。
言ってみれば前者が
「満足したのではない。眼を瞑っただけだ」というニュアンスがあるのに対して
後者には
「お互い相手の言い分も尊重し一歩下がって共に譲り合う」
というニュアンスもあります(是なら夫婦円満になりそうです)
今回のお話は明かに前者。
「不承不承ながら条件を飲む」
つまり全然納得していない訳です。
「ならば結婚なんかしなければよかったのに」
となりそうですがそうはなっておりません。
ここからは推測ですがその第一の要因は
「結婚しないとみっともないから」
の様な気がしております。
なにせ外国では殆ど気にされていない「30歳の壁」のあるお国柄。
当時は「30過ぎたら売れ残り」と男性軍が言って憚らない時代でしたし。
一方女性陣の方は以前の記事でも申し上げました通り
親子両世代共々「恋愛結婚とはどの様なものか」を知らぬ儘「消去法による」条件選択結婚を恋愛結婚だと思い込んでいた疑似自由恋愛結婚だった訳ですから、似て非なるもの由来の「話が違うじゃないの」的「増幅不完全燃焼」故の大不満。
そんな結婚生活が「妥協の産物」に思えるのも無理からぬ事。
そしてここからが現下最大の問題点だと思うのは
ご主人が定年退職されて渋々飲んだ「消去法による選択条件が消えた」時
例えば
肩書
年収
見てくれ
が失せた時、ご主人はもう
面倒見るも鬱陶しい
「消えて欲しいだけのお荷物」
に。
一方ご主人は何故かそういった奥さんの理不尽にはモノ申さず、
代わりにその捌け口として利害関係のない第三者に対し
偉ぶって見せる。
国語辞典では是を「とばっちり」と記して居た様な。

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