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「今できること」が道を拓く。ミャンマーでのフィールドワーク

「私を変えたあの時、あの場所」

~ Vol.56 ミャンマー(主にヤンゴン)

東京大学の先生方から海外経験談をお聞きし、紹介する本コーナー。

今回は藏本 龍介先生に、フィールドワークのためミャンマーへ行かれ、現地で出家生活もされたご体験についてお伺いしました。取り上げた場所については こちら から。


高校時代に見たTV番組から、やがてミャンマーでのフィールドワークへ

——ミャンマーを研究の地として選ばれています。はじめにそのきっかけからお伺いできますか。

藏本先生: 高校生の頃、NHKのドキュメンタリー番組(「ブッダ大いなる旅路」)をみて、輪廻転生という世界観を生きるアジア各地の仏教徒の姿に衝撃を受けました。大学入学後、仏教学に進むか迷ったのですが、フィールドワークをしてみたかったので文化人類学を専攻し、上座部仏教圏を対象とした研究を進めました。学部ではスリランカ、修士課程ではタイについて研究していたのですが、スリランカは内戦の余波が残っていたのと、タイは既に多くの研究がやられていたので、消去法的にミャンマーを選びました。ミャンマーに行ってみると、出家者の生活に魅力を感じたので、僧院経営をテーマとして調査をしました。


瞑想ビザまで駆使して渡航へ

——ドキュメンタリー番組がおおもとのきっかけだったのですね。ミャンマーでの滞在について教えてください。

藏本先生: 当時のミャンマーは軍事政権で、長期滞在するのが難しく、観光ビザ、瞑想ビザ(ミャンマーには瞑想修行するための特別なビザがあります)、就労ビザ(日本語教師)といった手段を駆使して調査を実施しました。瞑想ビザで滞在したときは1日16時間の瞑想修行を1カ月やりました。心はきれいになったかもしれませんが、調査は進みませんでした。日本語教師のときも、隙間を縫って調査をするという具合です。その他、出家者の大規模な反政府デモが起きて僧院に行けなくなったり(軍事政権が僧院を徹底的に監視・管理しようとした)、大型サイクロンの襲来によって調査していた僧院が物理的になくなったりしました。それ以外にも、病気(デング熱、腸チフス、急性胃腸炎)や怪我(交通事故)などで、滞在期間の半分くらいは体調が悪かったです。パソコンウイルスに感染し、調査データをすべて失いそうにもなりました。ただ、人間関係には恵まれていたので、なんとか調査を続けることができました。

「2008年9~10月に実際に僧院で出家生活をする機会に恵まれました。これはそのときに僧院の境内で撮影した写真です。郊外にある自然豊かな僧院でした」と藏本先生。


できることをやる大切さ。出会いやハプニング込みでの現地調査

——様々なハプニングに見舞われたのですね…。ミャンマーでの滞在を経て、自分が変わったなと感じることはありますか?

藏本先生: フィールドワークに行く前に、こんなに大変な目にあうことがわかっていたら、絶対に行かなかったと思います。もう1回、同じ調査をやれと言われても、絶対に嫌です。それでも、ミャンマーに行って良かったと心から思っています。研究上の成果はもちろんですが、粘り強く生きられるようになったと感じています。現実的な問題には、現実的な解決策・打開策が必ずある。できることをやれば、次が見えてくる。未来はその都度、描き直せる。そんな感覚が自然と身についたと思います。それから「なるようになる」という感じでトラブルを楽しめる感覚も養われました。フィールドワークでは、「調べたいこと」「調べられること」は、現地のいろいろな出会いやハプニングに依存しながら、刻一刻と変わっていきます。最初は思うようにいかないことにやきもきしていましたが、それ自体がフィールドワークの醍醐味であり、人生の面白さもまた、思い通りにならないところにあるような気がします。あとは整腸剤を普段から飲むようになったことでしょうか。腸活は大事ですね。


ミャンマーで学んだ教えが人生の礎に

——腸活…! 内側から整えることは大切ですよね。
他にもミャンマー滞在で印象的だった体験をお聞かせください。

藏本先生: 私は研究のためにミャンマーに行ったのですが、ミャンマーでは研究者というよりも、「ミャンマー仏教を日本に布教しようとしている若者」として認識されることがほとんどでした。やりたくもない瞑想修行を1カ月もやったり、知人に誘われてちょっとしたインタビューに行ったつもりが、大長老に迎えられ、大勢の信徒の前で公開問答となったりするようなこともしばしばでした。その結果、私の調査は図らずも求法の旅となりました。調査中は、こうした状況にやきもきすることもありましたが、ミャンマーで学んだ仏教の教えや修行は、私のその後の人生の礎となっています。私にいろいろと教えてくださったミャンマーの方々には感謝の気持ちでいっぱいです。


調査をもとに論文を上梓。その後もミャンマーへ

——想定外の出来事も体験として向き合いながら、調査の結果を論文の形でまとめられています。

藏本先生: 調査をもとに、『世俗を生きる出家者たち:上座仏教徒社会ミャンマーにおける出家生活の民族誌』(法藏館、2014年)という博士論文を執筆しました。この本では、上座部仏教の理想的な修行形態とされる出家生活はいかに実践しうるのかという問題を、「カネ」をめぐるジレンマに注目して分析しました。上座部仏教の出家者は「律」と呼ばれるルールによって、財の獲得・所有・使用方法を大幅に制限されています。そのようなルールを守ることが、上座部仏教の理想的境地(涅槃)に至るための重要な前提とされています。とはいえ生きていくため、僧院を運営するためには様々な財が必要です。それではこうした教義的理想と経済的現実のジレンマを抱えた出家者たちは、実際にどのように生活・修行しているのか。この問題を、現代ミャンマーを事例として分析しました。


——みずから出家生活を送られたうえで書かれた民族誌ですね! この論文は帰国後の出版ですが、帰国してからも海外体験が活きているなと感じることはありますか。

藏本先生: 私の場合、「海外での体験」は調査そのものでしたので、帰国後も研究全般の糧となって活かされています。長期調査が終わってからも、毎年1~2回、2~3週間程度はミャンマーに行っていました。ただ新型コロナウイルス感染が拡大し、2021年にミャンマーで政変が起きてしまったので、ここ数年は行けていません。「なるようになる」とは思っていますが、早くミャンマーの人々が安全・安心した暮らしができるようになることを祈っています。


「その場にいる」こと自体が学びのチャンス

——ミャンマーの人々の安全・安心な暮らし、おっしゃる通りですね…。
最後になりますが、留学や国際交流をしたいと考えている学生にメッセージをお願いします!

藏本先生: 留学や国際交流体験は、自分の慣れ親しんだ環境から離れるということだけで、大きな学びになると思います。逆にいえば、勉強や交流自体がうまくいかなくとも、そこにいるだけで多くの学びに満ちているということです。いれば、何かが起きます。あまり近視眼的にならずに、その場所に存在すること自体を楽しむといいのではないでしょうか。もちろん健康も大事ですので、普段から整腸剤を飲みましょう。

——ありがとうございました!


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