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フィリピンのスラムに住み込み調査、その日常を見つめ直した

「私を変えたあの時、あの場所」

~ Vol.59 フィリピン/アテネオ・デ・マニラ大学・フィリピン文化研究所

東京大学の先生方から海外経験談をお聞きし、紹介する本コーナー。

今回は宮川 慎司先生に、フィリピンのマニラでスラムに住み込みながら調査をされた体験についてお伺いしました。取り上げた場所については こちら から。


フィリピンのスラムに滞在。自分の感受性の薄れに驚いた

――初めに、フィリピンへ渡航された経緯から教えてください。

宮川先生: 博士課程在籍中に、現地長期調査のためフィリピンのマニラに1年間滞在しました。それまで海外には何度か短期で訪れていたのですが、1年に渡って長期で滞在するのは初めての経験でした。フィリピンの大学に研究員として在籍しながら、調査地であるスラムに住み込みながら調査を行いました。


――初めての海外での長期滞在だったのですね。現地に滞在されて、印象的だったことについて、お聞きできますか。

宮川先生: 直接質問に答えられていませんが、印象的な出来事に出会うことができなかったことが、自分にとってとてもショックでした。フィリピンには博士論文の調査のために渡航したので、論文の材料になる出来事にたくさん出会うことを期待していました。私は、法や制度から逸脱する方法で生活する人々の研究をしており、フィリピンのスラムでは、公道において無許可で露天商を営業すること、権利のない土地を「占拠」して居住すること、電力会社の電線から電気を盗むことなどを調査しました。もちろん、これらはスラムの人々にとっては死活問題です。多くの調査者は、スラムの人々の苦境を衝撃的な出来事だと受け止めるのだと思います。

しかし、私はスラムの人々の状況を、彼らにとって苦しいものと完全には受け止めることができず、印象的な出来事とは捉えられませんでした。同時期にフィリピンに滞在していた友人の研究者たちが、会うたびに自分の発見した出来事を目を輝かせながら私に語ってくれたのと対照的に、私は自分の感受性の低さを実感して落ち込みました。

調査が終わって後から考えると、刺激的なことが多すぎて自分の感覚がマヒしてしまったことや、スラムの中で生活しながら調査を行うという過酷な状況に対応するために、本能的に感受性を弱めていたことがその原因だったのではと思い至りました。スラムでの出来事を全て重大なことと受け止めると、精神的に参ってしまうことは容易に想像できるので、感受性を弱めることは、スラムでの生活に適応する上である程度、必要なことだったと思います。


スラムの日常はすべてが絶望的ともいえない

――感受性を閉ざすことが環境によっては必要なのかもしれないと気づかれた、ということですね。その気づきについてその後、どう向き合われましたか?

宮川先生: 渡航前に期待していたような刺激的な出来事に出会えなかった、あるいは出来事を刺激的だと感じなかった理由を、帰国してからしばしば考えるようになりました。そして、スラムの人々の苦境を強い実感を持って受け止められなかったことは、あながち間違いではなかったのではないかと考えるようになりました。スラムの人々は苦しい状況にありながらも、その対処方法をよく心得ていて、法や制度から逸脱せざるを得ない状態は、必ずしも人々を絶望的な状態に追い込んでいるわけではないと考えるようになったからです。これは自分の研究の上でも非常に大きな学びでした。


「友人」が「兄弟」へ。人との関わりとお金の関係を実感

――なるほど、スラムの人々の日常について見え方が少し変わったのですね。そのほかにも現地の出来事で記憶に強く残っていることはありますか?

宮川先生: お金と人間関係について感じる瞬間が多くありました。例えば、私は3年ほど交流があった友人にお金を貸したことがありました。しかし、その友人はそれを返さずに、それ以来、音信不通になってしまいました。推測するに、その人は私にお金を返すめどが立たなくなり、私と連絡を取ることに気まずさを覚えて、関係を切るという決断をするに至ったのだと思います。

反対に、日本に帰国した後の出来事ですが、お世話になっている調査協力者の親族が亡くなり、私はその家族に日本でいうところの香典を送金しました。すると、それまで私のことをfriendと呼んでいた協力者が、brotherと呼ぶようになりました。困ったときに支援を与えることが、人々の関係を強くするとことも実感しました。


スラムにいたから感じる、頼る「技術」の重要さ

――ここまで、何回か帰国後の気づきについてお話しいただいているのでその流れでお伺いしたいのですが、帰国してから、当時の海外体験が今活きているなと感じることはありますか?

宮川先生: スラムの人々は他の人に頼ることに関して高い技術を持っています。制度に外れる方法で生活せざるを得ず、不安定な状況にある彼らは、他の人に頼ることでその不安定さを補っているのです。人々は巧みな言い回しや、表情や身振り手振り、第三者を介した説得などの「技術」を用いて、親族、友人、知人に支援のお願いをします。私もその技術を見習い、他の人に物事を頼むことがうまくなったように感じます(笑)。特に、お願いをしたい人に直接頼みごとをするのではなく、共通の友人を介して間接的にお願いをするという「技術」を使うようになりました(今考えると、これは日本でもよく行われていることのようにも思います)。


時間を経て意味ある体験になることも。海外体験は必ず糧に

――とても実践的な学びで、大事なことですよね…(笑)! 最後になりますが、留学や海外体験をしたいと考えている学生へ、メッセージをお願いします!

宮川先生: みなさんは、様々な刺激を求めて海外渡航をされることと思います。しかし、必ずしもそうした刺激を得られないこともあるかもしれません。また、渡航前に期待を高めれば高めるほど、「意外と普通」な現実とのギャップに苦しむこともあろうかと思います。海外での経験の中には、すぐには自分を変えるようなものばかりではなく、じっくり何年も寝かせた末に意味のある経験として実感できる種類のものもあります。海外の経験は間違いなくみなさんの糧になると思いますので、ぜひ海外に飛び出してみてください!

――ありがとうございました!

宮川先生が担当されている主題科目「国際研修」は、前期・後期課程の学生が、異なる言語・文化の環境に触れ、国際交流の現場を体験し、グローバルな視野を養うことを目標とする授業です。
海外教育機関や海外の学生たちとの共同プログラムを通じて、学生にとってはじめての海外経験を後押しする科目となっています。
詳細については こちらのWebサイト をご覧ください。



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