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VRを活用する教育の効果と可能性


東京大学情報基盤センター 教授
東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター(VRセンター) 教授
雨宮智浩
専門はバーチャルリアリティ、ヒューマンインタフェース。東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。博士(情報科学)。NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究員を経て、2019年東京大学大学院情報理工学系研究科准教授、東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター准教授。2023年より現職。

コロナ禍で突然、対面講義ができなくなった2020年、雨宮智浩教授は「今やらなくていつやるのか」という使命感を胸に、バーチャルリアリティ(VR)を使った教育をいち早く実践に移しました。
それから3年、VR教育の最前線で研究を続ける雨宮教授はどのような可能性を感じているのでしょうか。

誤解されがちな「VR」の定義

 私は、学生時代からヒューマンインタフェース、なかでも触覚を伝える技術の研究をしてきました。スマホを持っているだけで、引っ張られているように感じる仕掛けなど、錯覚を利用した触覚の伝達を探究しています。こうした研究は「触覚の本質とは何か」を探ることにつながっています。
 VR(バーチャルリアリティ)はよく「仮想現実」と訳されますが、バーチャル(virtual)には「本質の」という訳もあり、こちらのほうが研究している私たちにはしっくりきます。VRとは現実ではないが、本質的に現実と同等の環境をつくる情報技術、コンピュータのつくる空間でさまざまな体験をするための技術のことです。時間と空間を越えた「視聴覚体験」ができると捉えられがちですが、触覚や味覚、嗅覚など五感のすべてを伝える情報技術がVRには含まれています。
 2010年代の中頃から、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)が出回り、やがて、メタバースがはやり始めました。メタバースの定義はまだ議論が分かれますが、オンラインで社会的な活動ができる3Dバーチャル空間のことで、複数人でコミュニケーションをとるという要素が色濃く入っています。メタバースにもVRが使われていますが、その他の技術も使われており、VRとメタバースはどちらかがどちらかを包含するという関係ではありません。

図1  動物の手術映像の場面
黒丸は360度カメラの撮影位置、赤丸は学習者が選択した視点の位置。学習者はどの視点から手術の様子を観察するか選択できる。

コロナ禍で加速させたVRの教育への応用

 2020年4月、コロナ禍になりオンライン講義が始まると、動物の手術実習や異文化交流を目的とした国際研修の講義にVRを活用できないかという相談がVRセンターに寄せられるようになりました。
 360度カメラで撮影した手術映像と、手術する人がいつ、何を見ているかがわかる映像を組み合わせた講義映像資料(図1)や、コミュニケーションをとりやすいメタバース空間でのディスカッション講義を、担当教員と協働してつくり上げました。手術実習の受講生からは「自分の見たい視点からじっくり見ることができた」、ディスカッション講義を担当する教員からは「入国できない留学生もディスカッションに積極的に参加できた」といった感想が寄せられました。
 私自身も2020年6月から毎年、教室を模したVR講義室をメタバース内につくり、そこでヒューマンインタフェースの講義を実施しています(図2)。受講生からは「教室で受講しているようでうれしい」と好評を得ています。Zoomでの講義では受講生が講義終了後にさーっと「退出」していくのに対して、VR講義室ではいつまでも講義室に残り、質問とも雑談ともつかない話をしにきます。アバターを使ったメタバース空間でのコミュニケーションのとりやすさを実感しています。

図2 メタバース内で実施したVR講義の様子
上は学生から見たVR講義室。下は講師から見たVR講義室で天井に鏡を配している。これは、受講生から講師がどのように見えるかをモニターするための工夫。表から見ても裏から見ても凹凸が変わらないお面の画像など、VRならではの教育コンテンツも用意した。学生が使用するアバターの自由度が高い方が学生の満足度は高まった。(図は、電子情報通信学会誌に投稿中の論文より。©2023 IEICE)

VRの強み「現実を超える」を生かす教育

 VRを活用して教育をしても「これならZoomと同じだ」という感想が寄せられることもありました。そのような感想を耳にするうちに「VRを使うことを目的にしてはいけない。VR教育の効果を高めるためには『現実を超える』というVRの強みを活用すべきではないか」と考えるようになりました。
 そこで、講師の見た目をアバターで切り替える実験講義をしました(図3)。すると、講師の見た目を切り替えたほうが、講義後の記憶テストの平均点が10.5%高いという結果が得られました。VRを活用することで、従来の対面での教育を超える可能性があることを見いだしました。
 また別の実験では、講師の見た目がこわい場合と優しい場合を比較しました。優しい場合は講義時間中に質問や発言が多いのに対し、こわい場合は講義後に提出するレポートでの質問が多いという差がありました。
 現実を超えるVRに、HMDの没入感を掛け合わせるのも効果的だと思います。例えば、火災の避難訓練は、スクリーンに映し出された2次元の映像よりも危機感が高まるはずですし、クレーマー対応の練習やマイノリティの立場の経験にも使えそうです。また、不登校の生徒のために対面とオンラインのハイブリッド教室が検討されていますが、VR空間の教室に身を置けば、オンライン参加する生徒も他の生徒との一体感が増すことでしょう。

図3 講師アバターが切り替わる「バーチャルオムニバス講義」
学生を2グループに分けて、90分の講義時間中、右下の講師アバターがずっと同じ場合(上)と、4通りのアバターを登場させた場合(下)を比較した。(図は、電子情報通信学会誌に投稿中の論文より。 ©2023 IEICE)

VRを教育に利用する際に求められる配慮

 現在は、VR関連の無料サービスも増えてきました。興味がある方は、ぜひVRを活用した教育を試していただきたいと考えています。ただ、配慮すべき点もあります。
 まず、子供は視覚の発達期にあるため、13歳未満のHMD使用は非推奨とするHMDメーカーが多く、VRを使ったゲームやアトラクションを提供する事業者の団体も利用年齢に関するガイドラインをまとめています。また、HMDはまだそれほど普及していない上に、酔ってしまったり、すぐに疲れてしまったりして長時間使えない人もいます。私が行ったVR講義も、受講にHMDを使用した学生は1人のみで、ほとんどの学生はPCやタブレット端末、スマホを使っていました。こうした現状を踏まえると、使用する機器によって得られる情報量に格差が生じないように配慮すべきでしょう。
 一方で、対策の知見も蓄積しています。HMDで酔うのを軽減するには、コンテンツの周囲を暗くして視野を狭くすることや、乗り物酔いの薬の服用が有効だとわかっています。また、アバターを移動させる際には点から点へワープする方が歩くよりも酔いにくいです。これらに加えて、VR講義は時間を短くして休憩をこまめに入れるといった運営上の工夫も検討していくべきでしょう。
 私の研究も含め、触覚や味覚など視聴覚以外の感覚を伝えるVR技術の研究が進んでいます。これらを活用できるようになると、宇宙の無重力空間を疑似体験できるなどVR教育の可能性はさらに広がっていくと考えています。

(取材・構成 大石かおり)

【深く学ぶには】
▶ 東京大学VRセンターウェブサイト
   https://vr.u-tokyo.ac.jp/
▶ 学内広報no. 1561「メタバースとしての東大」
   https://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1561/02features.html

Contents
 
nodes vol.3 巻頭言
特集
 ICTと高等教育
 オンライン教育プラットフォームの運営と教員の教育力向上サポート
 VRを活用する教育の効果と可能性
連載 nodesの光明
 データストレージを止めるな!──着実な連携と監視で運用を支える
連載 飛翔するnodes
 シミュレーション・データ・学習の融合を可能にする
 新たな通信システムソフトウェア
nodesのひろがり
 政府調達ってそもそも何なん?
 東京大学のDXとは?
 地球を覆う巨大な情報通信網
 番外編 SC22参加報告

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