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寮のシャワー

 寮のシャワーの扱いが難しい。冷水と熱湯が出る二つのハンドルがあり、それぞれの捻り具合を調節することによってちょうど良い温度のお湯を出す仕組みだ。たいていの場合、初めは極端に熱いお湯を被ることになる。当然、焦る。私は反射的に冷水のハンドルを回す。今度は、水圧が高まった極端に冷たい水が私の肌に突き刺さる。焦ってまた熱湯のハンドルを回してしまう。こうなるともう手が付けられない。熱湯だけに(熱いので)。
 人間は学ぶ動物であるらしいので、私も人間としての意地を見せなければならない。度重なる失敗の原因を究明する。思うに、失敗の原因は大きく二点ある。第一に、最初の段階で雑に操作した結果出鼻をくじかれていること。第二に、最初の失敗の後に焦ってしまいこれまた雑な操作をしてしまっていること。これら二つの原因についてこれ以上は深く掘り下げることをしない。なぜなら、解決する方法が単純明快、すなわちハンドルを焦らず丁寧に扱うことであるからだ。
 人間はポリス的動物であるらしいので、人間としての意地でというわけではないが、私も他者との多様な関わりを持つ。私と他者を結ぶものは、ときに友情、ときに恋情、ときに愛情といった諸感情である。目には見えないが誰もが存在を認めている糸のような何かを互いに手繰り寄せ合いながら私たちは結ばれていく。当然ながら、他者との関わりとは一方的なものでは無い。調和が必要なのである。しかしながら振り返ってみれば、これまでの私はいつも同じように失敗してきた。独りで張り切り過ぎて空回りし、自分の空回りに気づき孤独感に苛まれ、焦って極端に態度を変えてさらに空回りし、最終的に火傷を負う。人間は学ぶ動物であるらしいので、私は火傷の痛みを覚える。他者との関係に恐怖を感じるようになり、他者に近づけなくなる。自分の世界に閉じこもり、汚れを溜めてしまう。人間関係はシャワーと似ている。しかし、寮のシャワーよりももっと多くて複雑なハンドルを上手に捻らなければいけない。
 寮のシャワーの扱いが難しい。今日は三度目の挑戦で適当な温度のお湯を出すことに成功した。1.5プッシュ分のシャンプーで頭を洗う。もっと丁寧に、もっとゆっくり、そうすればきっと上手くいく。単純明快なこのことに気がついたとき、私が溜めていた汚れが少しずつ溶け始めてきた。洗い流そう、適温に調節したシャワーで。明日はもっと上手くやれるはず。

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