闘病記 (後編)
自宅に戻る。家の匂い。
空が青い。
リハビリ。毎日歩く。オレンジ色のロングワンピースに麦わら帽子。季節は夏。
散歩中、骨董品店に立ち寄る。「古い手紙はありますか?」私は古い手紙を収集している。随分と粋なものを欲しがるねぇと店主。店主はエストニア出身とのこと。胸元に大変美しい水牛のペンダント。ターコイズも添えられている。
「あなたにあげるよ」エストニアの店主はペンダントを外して私の首にかける。「お守りだよ」私は驚く。しかしなんとなくそれは私の首に収まるような、そんな気もしていた。
ときにあまりにも自然にそうなることがある。
「ありがとうございます」私はお礼にそれまで大切にしていた石を渡した。
表へ出た。空は青い。
生きていなければ
味わえない物語がある
いたずらに日々は過ぎない
これからも
生きる時間だけ
わたしは人と出逢う
仕事を辞める。新卒で入社したそこには私なりの夢と目標があった。
でも、それは過去。
私は今の私に向き合わねばならない。
カフェの面接を受ける。
オレンジ色のワンピースで。
カフェでアルバイトを始める。
コーヒー豆の香り、青い空。
このカフェには本が置いてある。
そこも気に入りの理由。
病院の敷地内にもあったこのコーヒーショップに入院中よく通った。不安定な私の心身をコーヒーが優しく鎮めてくれた。
色々あって
ほんとうに色々あって
長く付き合っていた恋人と別れる。
季節は冬
ちらつく雪に色々を想う
倒れたのは雪の日で
クリスマスは病院で
今は外で試飲のためのコーヒーを
ハンドドリップしている
「今日は冷えますね」
声の方に目をやると常連さんが笑っている。
「ほんと、冷えますね」
私は丁寧にドリップしたコーヒーを彼に手渡す。エチオピア。遠い国。尋ねたことはないがよく耳にするその場所が彼の胃の中に流れていく。
「エチオピア、行ったことありますか?」
「ないです」と答えながらドキドキする。
まるで頭の中を覗かれたみたい。
聞けば彼は旅行会社に勤めているそう。エチオピアから何故かインドの話しになり、インド人の英語の発音は興味深いという話題になったところで、彼の同僚のインド人の男がやってきたので、二人で笑ってしまった。
生きていなければ
味わえない物語がある
いたずらに日々は過ぎない
これからも
生きる時間だけ
わたしは人と出逢う
私の旅は
まだ終わらない
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