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コチ 1-8
「ねえ。流れ星に何を願う?」
花は思い立ったようにコチに聞いた。
「えっ?」
コチは突然の花の問いかけに言葉を詰まらせた。
「だって、流星群は今日なのよ。ちゃんと準備しとかないともったいないよ。ねえ、何を願うの?」
花は、コチの答えを待ち望んでいた。
願いなんてものは、近頃コチは考えた事もなかった。
まだ葉っぱを齧っていた頃は、願いはすぐ近くでパタパタとたくさん飛んでいた。
いつからだろう。
「こっちに来るな」と遠ざけていた。
今は遠く、もう見えないところまで行ってしまったようだ。近頃、とんと音沙汰がない。
花をずいぶん待たせた気がした。
「世界征服かな。」
そう言うと、コチはあの大魔王降臨の笑い方をした。
コチが出した答えに対して、花は吹き出しながら笑った。
「出た。ホラ吹き野郎だ。」
花は笑ってくれた。
花はまだ近くにいる。
「じゃ君の願いはなんだよ?」
「えっ?私の願い?」
花は少し言葉を詰まらせて、でもコチのそれとはちょっと違う。
手探りで適当に今探している訳じゃない。
逃げないように、大事に握りしめていたそれを、少し照れながら壊れないように開いていく。
「ねえ。あなたは虹を見たことがある?」
「えっ?虹かい?」
コチは何かを思い出した。
✳︎
コチにとってずいぶん懐かしい話だ。
今、音沙汰のないあいつがまだ傍にいた頃コチは虹を見たことがあった。
それはまだコチの羽が生まれたばかりの頃だった。
コチはまだうまく飛ぶことのできない羽を夢中で動かし、飛ぶ練習をしていた。
コチの空にはまだ太陽がまぶしいほどに輝いていた。
「次はあそこまで行くぞ。」
必死に羽を動かすコチの上を鳥が風に乗って空高くで追い抜く。
「すごいな。高いな。」
少し飛んでまた休む。
コチはすぐに草の葉の上に体を休ませた。
「次はどこだ?」
昨晩降った雨だろうか、少し先に水たまりがあった。
水たまりはキラキラと太陽の光を集めて何やら見たことのない光を放っていた。
「次はあそこだな。」
その見たことのない光に向かってコチはまた羽を動かした。
バタバタと不器用に羽を動かすコチの頭上にヒラヒラ3匹の蝶が現れた。
「見てみろ。枯葉が飛んでいるぞ。」
チョウは優雅に羽ばたきながら太陽の眩しい空で笑っていた。
枯葉?コチは、蝶が一体何を言っているのか分からなかった。
コチは「こんにちは」と声をかけようとするものの、まだ飛びながら話す余裕はコチにはなかった。
チョウを見上げながら印象悪くしないよう顔だけは必死に笑顔を作っていた。
「あれはなんだ?木枯らしか?」
「やめろよ。縁起でもない。せっかく春が来たって言うのに、木枯らしが吹く訳ないだろ?・・あれ?本当だ。木枯らしだ。」
ゲラゲラと笑う3匹は、コチを馬鹿にしたままコチの上を通り過ぎた。
「みんな逃げろ。木枯らしがやって来るぞ。」
遠くの空から3匹のチョウの笑い声がこだまする。
木枯らし?
「よし。やったぞ。」
コチは無事に水たまりまで辿り着くことが出来た。
3匹のチョウの笑い声はもう届かないほど遠くへ行っていた。
コチは「こんにちは」とチョウが見えなくなった空に呟いた。
きっともう届かない。
コチは、あの3匹のチョウが話していた意味が分からないままだった。
辿り着いた水たまりの水面を見下ろすと、七色の光が風に揺れゆらゆらと揺れていた。
「わあ。これが虹か。」
虹の傍に、ゆらゆら揺れるもの。
「ん・?」
コチは、初めて虹を見た。そして、この時、初めて水面に映った自分の姿を見た。
さっき、上を通り過ぎた3匹のチョウの笑い声が脳裏に再び現れる。
木枯らし?
水たまりの脇に咲く名も知らぬ花がコチを見て、怯えていた。
「そういう事か。」
コチが空を見上げても、虹は空にかかっていなかった。
虹は、水たまりの中に閉じ込められたまま。
水たまりの中には、虹とコチがゆらゆらと揺れていた。
一緒にゆらゆら揺れる太陽。
コチにはあざ笑っているように見えた。
✳︎
空は、太陽のいない暗い夜に戻る。
花は静かに話し出した。
「私も虹を見たことがないの。」
虹の話をする花の声は、流れ星の話のように弾むようなウキウキした声ではなかった。
「ねえ。虹の特別な話を聞きたい?」
「なんだよ。また、人間に教えてもらった話かい?今度はどんなホラ話さ。」
「残念。今度は、あなたが大好きな人間が教えてくれた話じゃないわ。これは、人間も知らない話よ。私だけの知っている特別な話なの。」
「君だけの話?」
「そう。私の特別な話。聞いてくれる?」
花は遠慮がちにコチに聞くものだから、ひねくれ者のコチは、聞きたくて仕方がなかった。
「人間のホラ話にうんざりしていた所だから、君の話だったら大歓迎さ。」
花はふふっと笑って少し不安そうに話を始めた。
今にも消えそうな揺れる灯をそっとコチに差し出すかのように。
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